前回記事:いまこそ中国論(2) 「豊かな中国」の復権
http://www.janjannews.jp/archives/2385946.html
抽象的な概念で中国論を語っても、実際に中国の空気を肌で感じ、人々に交わらなくては単なる「机上論」に堕するきらいがあります。そこで、今回は07年から09年に筆者が歩いた中国について紀行文風にまとめ、記してみたいと思います。
中国の大都市圏における経済発展のめざましさは読者の皆さんもよくご存知のとおりです。天を突いてそびえる摩天楼や、歩行者天国にあふれる人ごみの熱気、清代の姿に模擬復元された中華モダンな観光街など、日本のテレビや新聞にも躍動する中国の姿が連日のようにあふれています。
「それは大都市の話、中国の格差は大きいから、農村は貧しいでしょう」と言われる方もあるかと思います。なので、中国の辺境地帯の本当の姿をお伝えしたいのですが、とにかく広い国ですから、地名を聞いてもピンとこない地方では興味が湧きません。
そこで、吉林省延辺朝鮮族自治州図們市をご紹介します。そう、豆満江を隔てて北朝鮮と接する国境の町です。筆者は延辺自治州とは不思議な縁があり、なじみの人たちも多いところです。
1.図們へ
中国東北部の玄関・大連から延辺自治州の州都・延吉へは、国内線でダイレクトに飛べば1時間半くらいですが、現在では瀋陽経由のフライトしかないため1時間ほど余分にかかってしまいます。延吉市は人口約46万人で、中国では大きな町とは言えませんが、韓国との経済関係が深く、外貨が投資されているせいか意外に大都市に見えます。延吉空港も、1日の発着便が数本しかない小さな空港ながら、ソウルとの間に国際線があるのです。到着は夜、薄暗くひんやりした空港ビルにはハングル文字の案内板があり、北朝鮮に近いのだ、と実感できます。
タクシーで図們へ向かい、寂しい町外れを走るうちに、突然立派な高速道路が現れます。吉林省の省都・長春からロシア国境へ向かう数千キロにも及ぶ高速道路で、車のハンドルの位置が違うほかは、何ら日本の高速道路と変わりません。緑地に白抜きの標識が立ち、漢字の表示に思わず日本かと錯覚しますが、ローマ字ピンイン表示と共にハングル文字の表示もされているのが延辺らしい特徴です。冬は零下20数度の凍てついた世界を、スノータイヤに履き替えない自動車が走り抜け、車中でも肝を冷やします。
図們駅前のホテルに投宿、目の前には建設中のまま放置されたビルがあります。一時期、北朝鮮が図們市から近い日本海の港湾都市・羅津・先鋒の経済特区を開発したのに伴い、このあたりはロシア・中国・北朝鮮が接する「金三角」と呼ばれて投資ブームが起きました。しかし、北朝鮮の政治・経済状況が相変わらずで、物流はほとんどないようです。
バブルを当て込んで作ったホテルもがらんとして、他に客がいるような雰囲気がありません。レストランは閉まっており、エレベーターは「修理中」の張り紙がしてあります。わざと止めたようです。一方、各フロアには服務員が常駐して、部屋の出入りを見張っており、昔ながらの中国式ホテルです。
お湯が出ないので、服務員の部屋に行って訴えると、「このホテルは7時から10時までしかお湯が出ません」とのこと。翌朝、目が覚めて、ポットのお湯を飲み残したコップを見ると、湯冷ましが半分残ったコップの底には、細かい砂が沈殿していました。シャワーが濁り水だったのは織り込み済みでしたが、飲み水までこうです。
2.北朝鮮国境
タクシーを拾って古いアパートが立ち並ぶ通りを「観光地」に向かいます。そこは巨大な赤いコンクリートの門が建つ口岸、北朝鮮との国境です。ここがあの有名な豆満江、日本のテレビで北朝鮮特集をやるときによく見る場所です。
国境ゲートは開いているものの、車の行き来は全くありません。北朝鮮には宗主国・中国から大量の物資が支援や貿易の形で投入されてきましたが、その代金を払う余裕が全くないので図們の国境貿易は止まったままのようです。北朝鮮の港湾や鉱山は差し押さえ状態にあるようで、中国による植民地状態だとみる専門家もいます。
ところで、前回来た時には、図們市郊外の人民解放軍駐屯地前に麻薬の検問所がありました。今回は検問所が閉鎖されているのは北朝鮮からの密輸麻薬が減ったせいでしょうか。
さて、ここは2009年4月、中朝国境を取材中の韓国系アメリカ人のテレビスタッフが北朝鮮警備兵に拉致されるという事件が起こった場所・・・観光地とはいえ、のどかとばかりも言っていられない?と思いきや、国境の中国側にはぎりぎりまでアパートがひしめき、何の変哲もない住宅街が広がっています。国境の川沿いはきれいにカラータイルで舗装された遊歩道が続く公園で、お土産屋や記念撮影屋がずらりと店を並べ、中国人観光客で賑わっていました。
「どこから来たの?韓国人?日本人?あっちが北朝鮮だよ。金日成の肖像画も見えるよ」
おばちゃんの熱心な売り込みに負けて、レンタルの双眼鏡を借りて豆満江の対岸を覗いてみます。銃を担いだ兵士の他に、思いのほか畑仕事や魚釣りをしている一般人らしい姿もありますが、ほとんどの人はやることもなさげにぶらぶら歩いているだけのようです。北朝鮮側の町・南陽には白いビルが立ち並んでいますが、本当に人が住んでいるのか、生活臭が感じられない建物ばかりです。
「ああ、あれは皆、監視の人たちです。魚釣りの格好をしながら見張っているのです」
後日、延吉で友人に国境の話をしたとき、南陽のビルは無人の「はりぼて」だと教えられました。
「北朝鮮も、毎日中国側から観光客に見られていると知っています。北朝鮮だってビルぐらい建てられると見せるために、外側だけ作っているのですよ。その証拠にビルには窓ガラスが入っていないのです」
中国側の山々は、オンドルで焚く薪を切ってしまうために日本の山に比べれば貧弱だけど、それでも萌え始めた雑木林の緑がまぶしく光ります。しかし川の対岸にそびえる北朝鮮側の山はなんと言うか土色の斜面が広がっているばかり、食糧難で雑草の根っこまで掘り返して食べてしまったという話は本当なのでしょう。
「2002年頃は毎日のように北朝鮮から逃げてきた人たちが物乞いをしていましたよ。警察に捕まって北朝鮮に引き渡されると、手に針金を通されて連行されるそうです」
なんとも痛そうな話ですが、現在は北朝鮮の国境監視が厳しくなり、一般人が近づけなくなったのと、当初は逃げてきた同胞を匿っていた朝鮮族の人たちも相手をしないために、脱北者はほとんど見なくなったといいます。国境の門の先には道路橋、川の下流に鉄道橋が見えます。ふと振り返ると、大きな看板が目に留まりました。
「中国共産党でなければ発展はない、調和社会の実現を」云々。中国人観光客が北朝鮮を覗き見て「やっぱり貧乏たらしいなあ」と優越感に浸りつつ振り替えると、経済成長を引っ張ってきた中国共産党の看板が目に入るという仕掛けなのでしょう。そこまでして「愛国・愛党精神」を盛り上げたいようですが、少々えげつない感じがします。
お土産屋には、韓国の人形や携帯ストラップがずらりと並び、ロシアのマトリョーシカ人形やロシア製チョコレートもあります。北朝鮮の物産は切手やお札などが主で、工芸品はなく、せいぜいタバコくらい。将軍様の不自然なくらいにこやかな笑顔がなんともはや。服務員に北朝鮮のバッジがないか尋ねると、思わせぶりにカウンターの下から赤いビロードの布を取り出しました。布にはびっしり金日成や金正日のバッジが・・・おお。
多少銭?「20塊」日本円で300円とは、紛失すると命にも関わるというバッジにしては安いのですが・・・
「これは偽物ですよ。全部中国でお土産用に作られたものです」
商売っ気のある服務員が言います。あの思わせぶりに取り出したのは何だったのでしょう。
3.図們の農家
図們市郊外にある農家へ伺います。私事で恐縮なのですが、私のつれあいは実は中国人。ここはつれあいの実家で、今回は里帰りの旅なのです。門をくぐって中庭に面したドアを開けると、台所ではかまどに架けられた大きな鍋から湯気が上がり、お母さんや親戚のおばさんたちが料理に忙しそうです。
「ニイハオ、久しぶりに帰ってきました・・・」
「あいやー、よく来たねー」
わいわい歓迎を受けて、オンドルの部屋に上がらせてもらいます。そこには老爺をはじめ、市内に住む親戚たちが集まっていました。岳父が腕を振るって作った料理が並べられます。「中国の良き夫」といった感じの料理自慢のお父さんが、今朝3時に起きて何にしようか考え、市場まで買出しに行って作ってくれたのだそうです。
「さあ、娘が孫を見せに帰ってきたよ。旦那も来てくれて本当に嬉しいね。乾杯」
ありがとうございます。男の席と女の席に分かれて、それぞれにつれあいや私が通訳になって、延辺ならではの宴会が始まりました。私が結婚式でつぶされてしまった白酒「高麗村」や、ビールがぽんぽん封を切られます。
「チンムーは結婚式でつぶれたからなあ」
はい、お恥ずかしいです。今日はビールにします。
酔っ払って別室で横にならせてもらうと、MSNのテレビ電話で使っているパソコン環境は、中国辺境の農村ながら光回線が来ていました。日本の我が家は負けています。また、老家にはテレビ、DVD、飲料水機、冷蔵庫、洗濯機といった日本にもある家電製品は中国製ながらだいたい揃っています。それで「結婚にあたって必要なものがあれば私が揃えます」と申し出たところ、何も必要なものはないよ、と言っていたのでしょう。
ただし、-20度にもなる冬の寒さに耐えるために、かまどで薪を燃やしてオンドルに熱を送り込むことが必要であり、電子レンジとかまどが同居しています。一冬を支える薪は、お父さんが秋に山へ行って切り出してくるのだといいます。
「中国は全土が国有地だけど、どこで薪を切ってもいいの?」
「畑や宅地は個人の使用権が決まっているけど、山には使用権がないから自由なんだよ」
薪に限らず、山菜やきのこ、薬草、うさぎ・・・といった山の幸は、国有地から取り放題なのだとか。
そして、トイレが問題・・・畑を挟んだ向こうにレンガ造りの小さな建物があり、快適な現代日本の生活に慣れた者にとっては難敵です。当然ぼっとんトイレながら、夜は電気もないのでトイレットペーパーと懐中電灯を抱え、雨なら傘を持って行くことになります。
「紙はクズカゴに入れてトイレに落とさないでね。肥料に使えなくなるからね」
筆者はなるべく町に出たときにきれいなトイレを探そうと心がけましたが、背に腹は代えられず、夜になってどうしてもトイレに行きたくなったときは、つれあいを起こしてついてきてもらいました。
「老婆、頼むから懐中電灯を持ったまま、あっちを向いててくれないかな」
夕方、老家の外を散歩していると、つれあいが帰ってきた話を聞いた近所の人が声をかけてきて、中国語を話す筆者もすっかり有名人になってしまいました。
「隣の娘は日本へ留学して、今は通訳をしています。あの家の親戚も日本に住んでいます」
農村ながら日本へ行ったことがある人がやたら多い場所です。
山手に見える十字架がある教会の村は朝鮮族が暮らす村。朝鮮族の子どもは中学生になると、朝鮮族の中学校へ通い、英語の代わりになんと日本語を勉強するそうです。なんでも、国語である漢語と、民族語の朝鮮語のバイリンガル教育に、英語を加えると漢族に比べて負担が重くなる、そこで、中学校の外国語の時間を二分して、文法のよく似た日本語を勉強するのだとか。まさに「東アジア民族」といった感じがぴったりします。
ちなみに、筆者のつれあいは漢族ですが、料理や家屋などの生活文化に朝鮮族の影響があるといいます。その漢族と朝鮮族の集落は分かれていて、教会のある場所はたいてい朝鮮族が住んでいますが、主に韓国へ出稼ぎに行く人が多く、海外流出によって今では延辺自治州の人口も漢族の割合が増えているようです。韓国で外貨を貯めて戻ってきた人たちは延吉に投資をし、消費するのでここは中国の辺境ながら消費水準は高い方なのだとか。
「韓国でお金を貯めて戻ってきた人たちは、使い果たすとまた韓国へ出稼ぎに行きますよ」
(つづく)
◇記者の「ブログ」「ホームページ」など
PanoramaCHINA
http://panoramachina.web.fc2.com/
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抽象的な概念で中国論を語っても、実際に中国の空気を肌で感じ、人々に交わらなくては単なる「机上論」に堕するきらいがあります。そこで、今回は07年から09年に筆者が歩いた中国について紀行文風にまとめ、記してみたいと思います。
中国の大都市圏における経済発展のめざましさは読者の皆さんもよくご存知のとおりです。天を突いてそびえる摩天楼や、歩行者天国にあふれる人ごみの熱気、清代の姿に模擬復元された中華モダンな観光街など、日本のテレビや新聞にも躍動する中国の姿が連日のようにあふれています。
「それは大都市の話、中国の格差は大きいから、農村は貧しいでしょう」と言われる方もあるかと思います。なので、中国の辺境地帯の本当の姿をお伝えしたいのですが、とにかく広い国ですから、地名を聞いてもピンとこない地方では興味が湧きません。
そこで、吉林省延辺朝鮮族自治州図們市をご紹介します。そう、豆満江を隔てて北朝鮮と接する国境の町です。筆者は延辺自治州とは不思議な縁があり、なじみの人たちも多いところです。
1.図們へ
中国東北部の玄関・大連から延辺自治州の州都・延吉へは、国内線でダイレクトに飛べば1時間半くらいですが、現在では瀋陽経由のフライトしかないため1時間ほど余分にかかってしまいます。延吉市は人口約46万人で、中国では大きな町とは言えませんが、韓国との経済関係が深く、外貨が投資されているせいか意外に大都市に見えます。延吉空港も、1日の発着便が数本しかない小さな空港ながら、ソウルとの間に国際線があるのです。到着は夜、薄暗くひんやりした空港ビルにはハングル文字の案内板があり、北朝鮮に近いのだ、と実感できます。
タクシーで図們へ向かい、寂しい町外れを走るうちに、突然立派な高速道路が現れます。吉林省の省都・長春からロシア国境へ向かう数千キロにも及ぶ高速道路で、車のハンドルの位置が違うほかは、何ら日本の高速道路と変わりません。緑地に白抜きの標識が立ち、漢字の表示に思わず日本かと錯覚しますが、ローマ字ピンイン表示と共にハングル文字の表示もされているのが延辺らしい特徴です。冬は零下20数度の凍てついた世界を、スノータイヤに履き替えない自動車が走り抜け、車中でも肝を冷やします。
図們駅前のホテルに投宿、目の前には建設中のまま放置されたビルがあります。一時期、北朝鮮が図們市から近い日本海の港湾都市・羅津・先鋒の経済特区を開発したのに伴い、このあたりはロシア・中国・北朝鮮が接する「金三角」と呼ばれて投資ブームが起きました。しかし、北朝鮮の政治・経済状況が相変わらずで、物流はほとんどないようです。
バブルを当て込んで作ったホテルもがらんとして、他に客がいるような雰囲気がありません。レストランは閉まっており、エレベーターは「修理中」の張り紙がしてあります。わざと止めたようです。一方、各フロアには服務員が常駐して、部屋の出入りを見張っており、昔ながらの中国式ホテルです。
お湯が出ないので、服務員の部屋に行って訴えると、「このホテルは7時から10時までしかお湯が出ません」とのこと。翌朝、目が覚めて、ポットのお湯を飲み残したコップを見ると、湯冷ましが半分残ったコップの底には、細かい砂が沈殿していました。シャワーが濁り水だったのは織り込み済みでしたが、飲み水までこうです。
2.北朝鮮国境
タクシーを拾って古いアパートが立ち並ぶ通りを「観光地」に向かいます。そこは巨大な赤いコンクリートの門が建つ口岸、北朝鮮との国境です。ここがあの有名な豆満江、日本のテレビで北朝鮮特集をやるときによく見る場所です。
国境ゲートは開いているものの、車の行き来は全くありません。北朝鮮には宗主国・中国から大量の物資が支援や貿易の形で投入されてきましたが、その代金を払う余裕が全くないので図們の国境貿易は止まったままのようです。北朝鮮の港湾や鉱山は差し押さえ状態にあるようで、中国による植民地状態だとみる専門家もいます。
ところで、前回来た時には、図們市郊外の人民解放軍駐屯地前に麻薬の検問所がありました。今回は検問所が閉鎖されているのは北朝鮮からの密輸麻薬が減ったせいでしょうか。
さて、ここは2009年4月、中朝国境を取材中の韓国系アメリカ人のテレビスタッフが北朝鮮警備兵に拉致されるという事件が起こった場所・・・観光地とはいえ、のどかとばかりも言っていられない?と思いきや、国境の中国側にはぎりぎりまでアパートがひしめき、何の変哲もない住宅街が広がっています。国境の川沿いはきれいにカラータイルで舗装された遊歩道が続く公園で、お土産屋や記念撮影屋がずらりと店を並べ、中国人観光客で賑わっていました。
「どこから来たの?韓国人?日本人?あっちが北朝鮮だよ。金日成の肖像画も見えるよ」
おばちゃんの熱心な売り込みに負けて、レンタルの双眼鏡を借りて豆満江の対岸を覗いてみます。銃を担いだ兵士の他に、思いのほか畑仕事や魚釣りをしている一般人らしい姿もありますが、ほとんどの人はやることもなさげにぶらぶら歩いているだけのようです。北朝鮮側の町・南陽には白いビルが立ち並んでいますが、本当に人が住んでいるのか、生活臭が感じられない建物ばかりです。
「ああ、あれは皆、監視の人たちです。魚釣りの格好をしながら見張っているのです」
後日、延吉で友人に国境の話をしたとき、南陽のビルは無人の「はりぼて」だと教えられました。
「北朝鮮も、毎日中国側から観光客に見られていると知っています。北朝鮮だってビルぐらい建てられると見せるために、外側だけ作っているのですよ。その証拠にビルには窓ガラスが入っていないのです」
中国側の山々は、オンドルで焚く薪を切ってしまうために日本の山に比べれば貧弱だけど、それでも萌え始めた雑木林の緑がまぶしく光ります。しかし川の対岸にそびえる北朝鮮側の山はなんと言うか土色の斜面が広がっているばかり、食糧難で雑草の根っこまで掘り返して食べてしまったという話は本当なのでしょう。
「2002年頃は毎日のように北朝鮮から逃げてきた人たちが物乞いをしていましたよ。警察に捕まって北朝鮮に引き渡されると、手に針金を通されて連行されるそうです」
なんとも痛そうな話ですが、現在は北朝鮮の国境監視が厳しくなり、一般人が近づけなくなったのと、当初は逃げてきた同胞を匿っていた朝鮮族の人たちも相手をしないために、脱北者はほとんど見なくなったといいます。国境の門の先には道路橋、川の下流に鉄道橋が見えます。ふと振り返ると、大きな看板が目に留まりました。
「中国共産党でなければ発展はない、調和社会の実現を」云々。中国人観光客が北朝鮮を覗き見て「やっぱり貧乏たらしいなあ」と優越感に浸りつつ振り替えると、経済成長を引っ張ってきた中国共産党の看板が目に入るという仕掛けなのでしょう。そこまでして「愛国・愛党精神」を盛り上げたいようですが、少々えげつない感じがします。
お土産屋には、韓国の人形や携帯ストラップがずらりと並び、ロシアのマトリョーシカ人形やロシア製チョコレートもあります。北朝鮮の物産は切手やお札などが主で、工芸品はなく、せいぜいタバコくらい。将軍様の不自然なくらいにこやかな笑顔がなんともはや。服務員に北朝鮮のバッジがないか尋ねると、思わせぶりにカウンターの下から赤いビロードの布を取り出しました。布にはびっしり金日成や金正日のバッジが・・・おお。
多少銭?「20塊」日本円で300円とは、紛失すると命にも関わるというバッジにしては安いのですが・・・
「これは偽物ですよ。全部中国でお土産用に作られたものです」
商売っ気のある服務員が言います。あの思わせぶりに取り出したのは何だったのでしょう。
3.図們の農家
図們市郊外にある農家へ伺います。私事で恐縮なのですが、私のつれあいは実は中国人。ここはつれあいの実家で、今回は里帰りの旅なのです。門をくぐって中庭に面したドアを開けると、台所ではかまどに架けられた大きな鍋から湯気が上がり、お母さんや親戚のおばさんたちが料理に忙しそうです。
「ニイハオ、久しぶりに帰ってきました・・・」
「あいやー、よく来たねー」
わいわい歓迎を受けて、オンドルの部屋に上がらせてもらいます。そこには老爺をはじめ、市内に住む親戚たちが集まっていました。岳父が腕を振るって作った料理が並べられます。「中国の良き夫」といった感じの料理自慢のお父さんが、今朝3時に起きて何にしようか考え、市場まで買出しに行って作ってくれたのだそうです。
「さあ、娘が孫を見せに帰ってきたよ。旦那も来てくれて本当に嬉しいね。乾杯」
ありがとうございます。男の席と女の席に分かれて、それぞれにつれあいや私が通訳になって、延辺ならではの宴会が始まりました。私が結婚式でつぶされてしまった白酒「高麗村」や、ビールがぽんぽん封を切られます。
「チンムーは結婚式でつぶれたからなあ」
はい、お恥ずかしいです。今日はビールにします。
酔っ払って別室で横にならせてもらうと、MSNのテレビ電話で使っているパソコン環境は、中国辺境の農村ながら光回線が来ていました。日本の我が家は負けています。また、老家にはテレビ、DVD、飲料水機、冷蔵庫、洗濯機といった日本にもある家電製品は中国製ながらだいたい揃っています。それで「結婚にあたって必要なものがあれば私が揃えます」と申し出たところ、何も必要なものはないよ、と言っていたのでしょう。
ただし、-20度にもなる冬の寒さに耐えるために、かまどで薪を燃やしてオンドルに熱を送り込むことが必要であり、電子レンジとかまどが同居しています。一冬を支える薪は、お父さんが秋に山へ行って切り出してくるのだといいます。
「中国は全土が国有地だけど、どこで薪を切ってもいいの?」
「畑や宅地は個人の使用権が決まっているけど、山には使用権がないから自由なんだよ」
薪に限らず、山菜やきのこ、薬草、うさぎ・・・といった山の幸は、国有地から取り放題なのだとか。
そして、トイレが問題・・・畑を挟んだ向こうにレンガ造りの小さな建物があり、快適な現代日本の生活に慣れた者にとっては難敵です。当然ぼっとんトイレながら、夜は電気もないのでトイレットペーパーと懐中電灯を抱え、雨なら傘を持って行くことになります。
「紙はクズカゴに入れてトイレに落とさないでね。肥料に使えなくなるからね」
筆者はなるべく町に出たときにきれいなトイレを探そうと心がけましたが、背に腹は代えられず、夜になってどうしてもトイレに行きたくなったときは、つれあいを起こしてついてきてもらいました。
「老婆、頼むから懐中電灯を持ったまま、あっちを向いててくれないかな」
夕方、老家の外を散歩していると、つれあいが帰ってきた話を聞いた近所の人が声をかけてきて、中国語を話す筆者もすっかり有名人になってしまいました。
「隣の娘は日本へ留学して、今は通訳をしています。あの家の親戚も日本に住んでいます」
農村ながら日本へ行ったことがある人がやたら多い場所です。
山手に見える十字架がある教会の村は朝鮮族が暮らす村。朝鮮族の子どもは中学生になると、朝鮮族の中学校へ通い、英語の代わりになんと日本語を勉強するそうです。なんでも、国語である漢語と、民族語の朝鮮語のバイリンガル教育に、英語を加えると漢族に比べて負担が重くなる、そこで、中学校の外国語の時間を二分して、文法のよく似た日本語を勉強するのだとか。まさに「東アジア民族」といった感じがぴったりします。
ちなみに、筆者のつれあいは漢族ですが、料理や家屋などの生活文化に朝鮮族の影響があるといいます。その漢族と朝鮮族の集落は分かれていて、教会のある場所はたいてい朝鮮族が住んでいますが、主に韓国へ出稼ぎに行く人が多く、海外流出によって今では延辺自治州の人口も漢族の割合が増えているようです。韓国で外貨を貯めて戻ってきた人たちは延吉に投資をし、消費するのでここは中国の辺境ながら消費水準は高い方なのだとか。
「韓国でお金を貯めて戻ってきた人たちは、使い果たすとまた韓国へ出稼ぎに行きますよ」
(つづく)
◇記者の「ブログ」「ホームページ」など
PanoramaCHINA
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いいと思います。長春から南回りでチベットを通る線路、北周りでシベリア鉄道に接続する線路をゆっくりと旅してみたいというのが長年の夢でした。今勉強している漢方と太極拳はその時多少は役に立つでしょう。
南北統一後には、ジャパンマネーだけでなくて、世界中から投資家の資本が怒涛のように韓半島に投下されると思います。投資家はリスクを最も嫌いますから。