小倉文三

 前回記事:沖縄フォト紀行2010(6) 佐喜眞道夫さんと会った
 http://www.janjannews.jp/archives/2514920.html
 
 反対派が勝利した名護市長選挙の1週間前のことである。辺野古のスカイブルーの海を見ながら、豊見山雅裕さん(沖縄平和市民連絡会)の、時にユーモラスな、時にまじめな話を聞いた。

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豊見山さんは、「民主党は、民意を大切にすると言っている。名護市長選は、ぜひ勝ちたい」と言った。勝ったが、・・・。(以下、すべて筆者撮影)


 豊見山雅裕さんの話(要約)
 
 海上にやぐらが5つあって、台風で1つ潰れて4つ残っていたんですが、夜明け前にみんなで行って、鉄筋にしがみついてがんばったんです。人間ておもしろいですよ、しがみついたら、熟睡できるんですね。熟睡すると、ずるずるーと落ちていって、ポチャンとなったら、はっとなって、また這い上がって、熟睡するんです。
 
 唯一の楽しみが、昼前に届くおにぎりなんです。「みんなで心をひとつにして今日1日また、がんばろうな!」なんて言ってるんですがね、おにぎりが届くと、そうじゃなくなるんです。それが、また、必ず、せっかく船で届けてくれたおにぎりを海に落とす奴がいるんですよね。そうすると、みんな知らん顔ですよ。みんなで、見なかったことにするんですね。

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海上に工事のやぐらが建てられると、反対派はそのやぐらによじのぼった。彫刻家の金城実さんが、果敢な「海上の座り込み」を金属板に刻んだ。


 この13年の間には、座り込みのおじいやあばあが、もう20人くらいも亡くなっているんですね。彼らが生きている内に、「勝ったよ!」って報告したいんですが、・・・。今日は、暖かいんで、おじいやおばあは昼過ぎに来ると思うんですが、・・・。

 13年という歳月は、長くて、昨日まで応援していた団体や組織の人たちが、方針が変わって、今日は「辺野古のやつらはどうしようもない」なんていう情報を流したり、ということがあったですね。沖縄の場合、土建業の比率が高いんです。反対していると、仕事がもらえなくなったりして、いろいろなプレッシャーがかかってきて、だんだん反対運動から遠ざかっていく人も出てくるんです。兵糧攻めには、みんな弱いですよ。
 
 1隻のボートで1日海に出ると、ガソリン代は4千円くらいかかります。3隻だと、1万2千円です。全国からのカンパはありますが、それではもたないですね。こちらの持ち出しですよ。多いときには、300名がここにいましたから、トイレの使用料、水道料だけでもバカにならないんですよ。13年で、延べにして70000人が応援に来てくれました。
 
 国際的には、37カ国の人たちが応援に来てくれています。1番多いのは、韓国の人たちです。もう何百人も来ています。こちらからもあちらに何百人も行っています。移転先の候補にあがっているグァムの人たちも来ます。ハワイの人たちも来ます。パレスチナの人たちも来ます。
 
 普天間基地の問題は、基地を移転することで解決する問題なのかどうか、ということですよ。そもそも、殺戮のための出撃基地なんてものが要るのか、ということです。イラクやアフガンで殺されている人たちにとって、どこの基地から出撃してきたかは問題ではないんです。殺戮のための「出撃」そのものが問題なんです。「出撃」はないほうがいいんです。
 
 基地の候補地に名前が挙がりますと、そこから私などが呼ばれて、講演します。年に10回以上出かけて行きます。しかし、「基地がウチに来てもらっては困る」というだけでは、結局「基地は元のところにおいておけ」ということになってしまうんですね。「基地は沖縄においておけ」ということになってしまうんですね。「基地そのものの存在をなくす、ということでなければ、連帯なんかできませんよ」と私は言うんです。
 
 ハワイの先住民にこんなことを言われました。「あなた方日本人が基地をアメリカに持って帰れ、というのは、よくわかる。しかし、アメリカでは、我々の土地を強制収用して基地をつくることになる。つまり、抑圧された人々の地域に持っていくことになるんだ。そういうことも心の片隅においてくれ!」

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辺野古移設の推進派も地元沖縄県人である。推進派のパトロール船が近づいてきた時、反対派が手を振った。「みんな顔見知りですから」と笑った。


 筆者の感想
 
 豊見山さんたちの反対運動は非暴力だが、かなり危険な場面もあるようだ。海上での抗議活動では、船体をぶつけられ、海に投げ出され、危うくスクリューに巻き込まれそうになったこともあるという。また、杭打ちを阻止するために自分の頭を杭の上に置くなんてこともやったようだ。非暴力とはいえ、体を張った13年間だったようだ。
 
 通常、時間は権力の味方である。反対派は徐々に疲れたり、分裂したりするからである。推進派は、体制に守られているので、疲れないし、分裂しないのが普通だ。しかし、1月24日の名護市長選挙では、移設反対派の稲嶺進さんが当選した。これまで、世論がいくら反対していても、どうしても勝てなかった名護市長選挙で、僅差ながら勝ったのだ。これは、反対派が13年の時間にも勝ったということである。相手は相当強引な選挙活動をやったそうだから、内容的には、稲嶺さんの圧勝といえるだろう。
 
 民主党政権がわかっていない。自分たちは、つい最近、選挙によって政権を取ったばかりなのに、首相も外相も官房長官も、名護市長選挙の結果を真摯に受け止めようとしない。3人とも選挙結果を認めないような発言が目立ち、政治哲学を疑いたくなる。国民主権をなんと考えているのか。選挙結果から読み解くべきは、「辺野古はだめだ」ということなのではない。読み解くべきは、「米軍基地など沖縄のどこにも要らない」という沖縄県民の世論の大きなうねりなのである。


(参考資料)
 
 『沖縄戦、米軍占領史を学びなおす』(屋嘉比収著・世織書房)
 
 『命こそ宝』(阿波根昌鴻著・岩波新書)


(関連記事)
 
 沖縄フォト紀行2010(1) 普天間基地を見る
 http://www.janjannews.jp/archives/2371571.html
 
 沖縄フォト紀行2010(2) 辺野古の海を見る
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 沖縄フォト紀行2010(3) 伊江島の畑を見る
 http://www.janjannews.jp/archives/2428596.html
 
 沖縄フォト紀行2010(4) 読谷村のガマを見る
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 沖縄フォト紀行2010(12) くずめよしさんと会った
 http://www.janjannews.jp/archives/2771440.html

 沖縄フォト紀行2010(13) まとめ
 http://www.janjannews.jp/archives/2821192.html


(関連リンク)
 
 佐喜眞美術館
 http://sakima.jp/