中井伸二

 内閣府がまとめた『平成21年版・高齢社会白書』によれば、日本の総人口は、2008年10月1日現在、1億2,769万人(前年比;約8万人減)。65歳以上の高齢者人口は、過去最高の2,822万人(前年;2,746万人)で、総人口に占める割合(高齢化率)は22.1%(同21.5%)となった。また、高齢者人口のうち、65~74歳の人口は1,500万人で、総人口に占める割合は11.7%、75歳以上の人口は1,322万人で、総人口に占める割合は10.4%となり、初めて一割を超えた。
 
 記者自身が75歳を迎えるのは2036年だ。国立社会保障・人口問題研究所による「日本の将来推計人口(平成18年12月推計)」[*]によれば、2035年には、日本の総人口が1億1千万人強まで減少すると見込まれ、高齢化率(65歳以上の高齢者が総人口に占める割合)は33.7%(2008年の約1.5倍)にまで上昇、75歳以上の人口割合は総人口の20.2%(2008年の約2倍)に達すると予想されている。
 
 また、日本人の平均寿命は、2035年に女性89.06歳/男性82.31歳にまで伸びると推算されており[*]、我が国は、いまだ世界のどの国も経験したことのない、群を抜いた未曾有の超高齢社会を抱え込むことになる。未来の問題ではない。すでに、日本の高齢化は未知の領域に足を踏み入れているとも言える。

 3年前に台湾から来日し、日本大学大学院の芸術学研究科(造形芸術専攻[博士前期課程])で建築デザインを学んできた曽永宏さん(29)は、このほど、博士前期学位請求論文(修士論文)の審査を通過して、みごと卒業の運びとなった。彼の研究テーマは『ジェンダーと空間の老人学』。修論のタイトルは『「同性愛者」の「高齢者福祉複合施設空間」』である。
 
 この論文の中で曽さんは、まず、高齢化社会の中で実際に歳を重ねている日本人同性愛者自身の問題意識について触れる。新宿二丁目のゲイ酒場では、同性愛者の老人ホームや高齢者ゲイが身を寄せ合う共同住宅などが「あったらイイのにね」と、たわいない話をする程度。基本的に独身者が多いゲイは、老後の淋しさを予想して、ちょっとだけ憂うが、大方、あきらめの境地だ。内心では不安を抱きながらも、歴史的に、差別されていることさえ自ら笑いのネタに転換してこられた日本のゲイたちは、培ってきたコミュニティーの存在と、その支えとによって、現在あるいは将来、独り老齢を生き抜く手立てを、どうにかこうにか考えてゆくだろう。楽観的に捉えているしか、他にないのが現状だ。
 
 続いて曽さんは、「性のグラデーション」=性自認と性的指向の多彩さについての説明を経て、いま日本に、65歳以上の高齢者ゲイが約36万人~60万人の規模で存在していると推計する。日本における同性愛の歴史を展望しながら、東京で最も古い繁華街である浅草界隈に、高齢者ゲイが集うゲイ・バー(ゲイ酒場)やハッテン場(いっときの性的な出会いを模索する場所)が数多く点在することに注目した経緯を説く。
 
 建築デザインが専門である曽さんが、同論文とともに提出する卒業作品に定めたのが、高齢に達したLGBT(ゲイ・レズビアン・バイセクシュアル・トランスジェンダー)が利用することに主眼を置いた「高齢者福祉複合施設」の設計である。曽さんは、同施設のデザイン概念として、いわゆる男女二元論に留まらず、そこに、二元論から発展した多元論を融合させようと考える。漢代の書物「淮南子斉俗訓」における「宇・宙」の捉え方や、陰陽五行思想に基づく「八卦」の考え方などを応用するところは、台湾のご出身ならではのアプローチで、非常に興味深い。

1photo1002107395

高齢同性愛者のための福祉複合施設・完成イメージ(作成・曽永宏)


 高齢者LGBTのための福祉複合施設には、安心快適で尊厳ある生活を旨とした医療・介護・娯楽・居住のための4つの空間が提供される。仮に想定された建設位置は、高齢者ゲイが集うスポットが数多く点在する浅草エリアとされ、景観を損なわないよう都の都市計画に従う。例えば浅草寺・五重塔の高さを超えないなど、設計に厳密な配慮が為されている。
 
 曽さんによれば、この施設の居住空間の利用には高齢者LGBTを優先するとの原則があるものの、全般として、異性愛者の利用を妨げるものではない。例えば、医療や介護のための空間は、性自認・性的指向に関わらず、広く一般に開放されるとする。

photo1002917803

高齢同性愛者のための福祉複合施設・設計図(一部)(作成・曽永宏)


 結論として、同論文には次のようにある。
 
 〔引用開始〕
 同性愛者の高齢者福祉複合施設は、彼らの「拠り所」つまり所在を現したものである。本論を記すにあたって、その需要性、特異性の説明を多く求められた。使用者はいるのか、既存の高齢者施設と何が違うのかという事である。(52ページ)
 〔引用終わり〕
 
 記者は、曽さんに、今回の研究で何が一番たいへんだったかを尋ねた。すると彼は、
 「この施設を、ゲイやレズビアン、バイセクシュアル、あるいは性同一性障害者などトランスジェンダー、そうした人たち以外の人間が使うことはできないのか……といった疑問に向き合うことでした」と答えた。つまり、高齢者LGBTのための施設という発想そのものが必要ないとの周囲の反応に彼は戸惑い、それに立ち向かってゆくことの難しさを痛感したのだ。
 
 だが、結論の文章には、次のように確固たるものがある。
 
 〔引用開始〕
 ……潜在数と浅草の実例から、高齢男性同性愛者の施設の需要はあるだろう。そして前述のとおり、施設の差異はあまりない。本論を記すに至った動機のひとつは少数派の権利の黙殺《が目に余ること》である。(52ページ/《 》内は記者による捕捉)
 〔引用終わり〕
 
 曽さんは、これから自分が建築デザイナーとして有名になりたくて、この論文を書いたのではない、今後ビジネスチャンスを得るための手段としてでもない。一人でも多くの人々に、同性愛者そしてLGBTの存在を理解して貰うためにこそ「高齢者福祉複合施設空間」のコンセプトを世に問うのだ、と強調する。
 
 同論文の終章「同性愛者として生きる」の中で、曽さんは、次のように述べている。
 
 〔引用開始〕
 ……私の現状は、同性愛者として生活している。いままでの恋愛対象は年上、とりわけ「高齢者」とされる人であった。本論は空間研究者としての私が、その人たちに微力ながら貢献できることを目的とした。
 (中略)
 ……今回のテーマについて、すべての人のためにはならないかもしれない。そして、社会に与える影響も微々たるものである。このようなテーマは、建築の仕事につながらないことが多いであろう。それでも、ジェンダーによる差別解消のひとつとして執筆するに至った。(53ページ)
 〔引用終わり〕
 
 日本では、性差別と言うと、主として『男女間』の給与・賃金や昇級スピードの格差についてのみ問題視される傾向がある。曽さんの論文でも指摘されているが、実は、「人々の性」は複雑なグラデーションで構成されており、単純な男女二元論だけでは解決できない問題の数々こそが、性差別の大半を網羅する。高齢化社会における、高齢者ゲイ・高齢者LGBTが抱える孤独といった問題もまた、性差別の文脈で語られて然るべきなのだが、悲しいことに、日本では、まだまだそこまでの深さでは注目されていないのが現実だ。
 
 社会的地位を得ようという目的ではなく、社会的少数派とされる人々の役に立つことを目指した曽さんの、今回の研究に強く感銘を受けるのは、何より、彼が祖国台湾のゲイ・同性愛者・LGBTのためと言うより、明らかに日本のゲイ・同性愛者・LGBTのために、積極的なメッセージを放ってくれている事実に他ならない。
 
 国籍や領海線を超え、ともに手を携えて、ジェンダー・性自認・性的指向による差別意識や偏見と対峙し、問題の解決に当たろうと力を尽くしてくれるゲイ青年の友愛に、筆者は強く打たれてやまない。一人の友人として、そして同じ性的指向に生まれついた者として、彼のさらなる研究を見つめつつ、これからも応援をさせていただきたいと考えている。
 
 なお、曽永宏さんの研究作品(高齢者LGBT福祉複合施設の建築模型)と、その解説は、2月8日(月)から14日(日)まで、下記の展示会に出展される。
 
 日本大学芸術学部デザイン学科
 卒業制作選抜展・造形芸術専攻修了展
 
 会場:日本大学法科大学院/1Fアートプラザ
 千代田区駿河台1-6
 入場無料
 
 2010年2月6日(土)~15日(月)
 インダストリアルデザインコース・建築デザインコース
 
 2010年2月16日(火)~26日(金)
 コミュニケーションデザインコース
 
 開館時間:10:00~20:00
 ※2月6日(土) 15:00~20:00
 ※2月15日(月) 10:00~12:00
 ※2月26日(木) 10:00~12:00
 
 〔参考〕
 日本大学芸術学部デザイン学科
 http://www3.art.nihon-u.ac.jp/design/2009/sotsuten/
 
 
 関連記事
 「性」は虹色~多様なセクシュアリティーを考える
 http://www.news.janjan.jp/special/sexual_minority/list.php


 ◇記者の「ブログ」「ホームページ」など
  てのる【Gay】タイムズ
  http://tapten.at.webry.info/