三井マリ子

 日米に文化の違いがあることはわかっているが、アメリカに住む親が子どもに会えない事態は深刻だ。これは誘拐だ――来日中のキャンベル米国務次官補は2月2日、こんなきつい言葉を使って、日本政府に改善を迫った。これに先立つ1月30日、米国など8カ国の大使・駐日代表も岡田外務大臣に対して、“日本人の母親による子の奪取”に強い懸念を表明し、日本のハーグ条約加盟を要望する共同声明を発表した
 
 
■母親にだけ親権を認めがちな日本の裁判所
 日本の女性と米国の男性が結婚して、米国で出産し、一緒に住んだ後に破局を迎えるケースはよく起きる。すると、日本人の母親は子どもを日本に連れ去り、以後、米国人の父親はわが子に会うことができない。これでは困る、とキャンベル米国務次官補が米国民を代表して改善策を求めたのである。
 
 ハーグ条約とは、「国際的な子の奪取の民事面に関するハーグ条約」のことで、未批准国はG7では日本だけだ。条約では、国際離婚時に子供を連れ出したり面会を拒否したりするのは子供の奪取にあたる、とされる。だが、日本社会には批准を飲めない事情がある。
 
 「ぼく稼ぐ人、わたし家事する人」といった性別役割分業の因習が根強い。男女が、平等に仕事に従事し、平等に家事育児に関わるための政策が整っていない。それが日本の裁判所の判断にも影響を及ぼす。離婚後の子どもの親権を母親だけに認める決定を出す傾向にあり、これが離婚摩擦の火種になっているのだ。
 
 しかし、子どもが父親に会えないのは、子どもの幸福を求める権利に背くことになる。日本も批准した「子どもの権利条約」違反でもある。子どもの立場を尊重した解決策はないものか。この分野で世界先進国の一つであるノルウェー社会を見てみよう。
 
■家族カウンセリング・オフィス
 ノルウェーでも家族関係にひびがはいることは多い。そんな時、誰もが近くの「家族カウンセリング・オフィス」に駆け込める。ここは離婚・別居問題に限らず家族にまつわるあらゆる相談に応じる。オフィスは「家族カウンセリング・オフィス法」に定められた公的機関で、全国に64カ所ある。相談員は有資格の心理学者やセラピストだ。
 
 カップルが離婚(別居)の決意を固めたら、16歳以下の子どもがいる場合には、別れた後の子どもの世話をどう分担するかを話し合うための「仲裁セッション」に参加しなくてはならない。これは「婚姻法」で義務づけられている。
 
 どちらの家に住むか、どちらがどのくらいの頻度で子どもを訪問するか、誕生日や特別な日はどちらの親とすごすか、親戚(とくに祖父母)とはどんな風に会うか、養育費をどう分担するか。さらには、一方が外国に住む場合や海外旅行はどうするか、などなどきめ細かく合意が取り付けられる。
 
 仲裁セッションが済めば修了書が渡され、それを離婚申請書に添付して、はじめて離婚手続きがスタートする。それなしには離婚はできないのだから日米離婚摩擦のような事態は起きようがない。
 
■平等と反差別オンブッド
 かつてノルウェーでも、子どもが乳幼児の場合、日本と同じく、母親との同居がほとんどだった。70年代以降、女性の意識が変わると同時に男性の意識も変化した。乳幼児がいる母親の9割が外で働き、平均賃金は男100に対し女85まで上がった。一方、父親の育児休業制度である「パパ・クオータ」をとる男親が9割になった。そのせいか、最近は子どもが小さい時期に離婚しても、同居する権利を主張する父親が増えている。
 
 ノルウェーには「男女平等法」があって、差別を監視する独立機関「平等と反差別オンブッド(オンブズマンのこと)」がいる。強い権限を持つ公的機関だが、誰でも無料で相談できる。賃金差別やセクハラ被害など女性からの訴えが多いが、オンブッドの話だと、近年は「別れた妻がかわいい子どもをとってしまった。なぜ僕が親になれないのか」といった男性からの苦情が多く寄せられている。
 
■子どもオンブッド
 「子ども法」も重要だ。離婚・別居に関しては、「両親が別居していても、子どもは両方の親に会う権利がある」とうたわれている。7歳になると「仲裁セッション」の場で、どちらの親と住みたいかなどの意見を言うこともできる。
 
 子ども法が順守されているかどうかを、子どもの立場にたって監視する「子どもオンブッド」の存在も忘れてはならない。子どもオンブッドは、しょっちゅうメディアに登場しては、子どもの権利を子どもたちにわかりやすく伝えている。
 
■「ママとパパは話しましたか?」
 「ママとパパは別れることをあなたに話しましたか? ママとパパがもう一緒には住みたくないと決めた時、どうしたらいいでしょうか」
 
 これは、子どもに呼びかけるパンフ『言ってもいいの?』(子ども家族省発行)の前書だ。インターネットでパンフはすぐ手にはいる。
 
 いわゆるノルウェー人カップルの場合、離婚を子どもに正直に話す親がほとんどだ。一方、ノルウェーに急増する移民家族には、文化的背景やメンツなどから子どもに伝えることを先延ばししたり、伝えないケースも多い。ところが子どもは、親の様子を敏感に察知する。子ども同士の情報網も多い(保育園に通う子が9割近い)。それがかえって事態の悪化を招く。「別れたのは、私のせいだろうか」と自分を責める子も出る。真実を子どもに伝えずに離婚交渉は前に進めないため、政府は、上記のような情報啓発を多国語で行っては、難題解決に取り組んでいる。ノルウェーとて一筋縄ではいかない。
 
■新しい拡大家族
 ノルウェーの友人オーレは、娘が小学低学年のときに元妻と離婚。娘をひきとってシングル・パパとなった。彼は、娘のベッドの横で毎晩絵本を読んであげたり、娘の誕生日パーティを開いたり、娘のサッカーの試合につきそったり…。その上、娘を母親側の祖父母の家に定期的に連れて行く役目もあった。
 
 1997年ごろ、私も車に同乗して母親側の祖父母のお宅にお邪魔したことがある。娘には祖父母でも、娘の父オーレ(私の友人)にとっては別れた妻の親であり、日本なら定期的に談笑などありえないだろうと思いながらお茶をいただいた。娘は、クリスマスは父側で過ごし、夏休みやイースターになると、母親と過ごすように決めていた。
 
 後にオーレと同居した現妻のマグニも離婚経験者だ。10代の子ども2人を抱えて離婚し、離婚後の保護者は母親マグニ側だった。
 
 私と連れ合いは、数年前、そのマグニの娘の結婚披露宴に招待された(写真)。花婿側家族は父母と姉の3人だが、花嫁側は8人。 “新しい拡大家族”の光景に、離婚後も子どもたちは両方の親といい関係を築いてきた長い道筋を見たようだった。

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ノルウェーの結婚式における両家族集合写真。左から花嫁の母の夫の連れ子、花嫁の母の現夫、花嫁の母、花嫁の父の現妻、花嫁の兄、花嫁の父、花嫁の父と現妻との子2人、花嫁、花婿、花婿の母、花婿の姉、花婿の父。(撮影筆者)


■ハーグ条約批准はいつ?
 ノルウェーの家族制度の基本は、どちらの性に生まれようと、婚外に生まれようと、いかなる人間も個人として尊重され、平等に扱われるということだ。その方針が、「婚姻法」「子ども法」「男女平等法」「家族カウンセリング法」などに反映されている。
 
 さて、日本だが、外圧によって外務省内に担当室が新設されたものの、ハーグ条約批准へのゴールはまだ見えない。
 

 参考:
 ●DV被害者支援グループ「エープラス」代表の吉祥眞佐緒さんから日本の現状を伺った。
 「エープラス」  http://1oya.org/index.htm
 
 ◇記者の「ブログ」「ホームページ」など
  FEM-NEWS
  http://frihet.exblog.jp/