清水きこ

 滋賀県長浜市の長浜文化芸術会館で1月31日、外国人支援ボランティアグループ「びわこ日本語ネットワーク」主催「第6回 外国人による日本語スピーチ大会」が開催された。

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撮影・清水きこ


 参加者は7カ国12名。ことばの壁を乗り越えたさわやかなスピーチが印象的で、「伝える」という意味においては参加者全員が満点の表現者だった。12名の印象的なスピーチを紹介します。


 (1)「元気なお年寄り」 ギマンタ・チャリス(スリランカ)
 日本のお年寄りはよく働く。やっとの思いで生きているスリランカのお年寄りに比べるとパワーが違う。「生きた化石」だ。

(2)「日本のおいしいお米」 グエン・テイ・チェット・ラン(ベトナム)
 15才から農業をしていた。日本の米は美味しい。甘い。ベトナムの米はパサパサ、カタイ。だから「おにぎり」ができない。どうして、こんなに美味しいのか。朝昼晩食べるが「おかずがいらない」。仕事のあいまに農業の技術を習得しみんな(ベトナムの人)に美味しいごはんを食べさせてあげたい。
 
(3)「たくさんの人のえがお」 具志堅晴美エレナ(ブラジル)
 「日本は四季が美しい、楽しい。お姉ちゃんも来たほうがいいよ」と弟に誘われ日本に来た。もう18年になる。雲のかかった富士山は天国をみるよう。マッサージ技術を学び、日々笑顔に接している。生活が楽しく充実しているので、ブラジルに帰りたいけど帰れない。
 
(4)「日本から新しい人生へ」 徐超(中国)
 来た当初、日本を知る手段はTVと辞書。週末はアパートにいるだけの寂しい生活だった。3年間でしっかり勉強をして、今後の人生を変えたい。あきらめない。
 
(5)「大きい決断 小さい決断」 高橋カーリー(オーストラリア)
 1年だけのつもりが9年経った。日本のビックリ! ヘン? はいろいろ。例えば電車。列をつくり並ぶのはヘン。オーストラリアでは小学校以外並ばない。でも、列の先に電車が止まり扉が開いたのにはビックリ。オーストラリアは電車はどこに止まるかわからない。家族でプールにいくと管理人の笛でプールに入ったり出たりする。どうして? 日本は規則とルールの生活。
 
(6)「日本とアメリカの沈黙」 ドルーフォスター(アメリカ)
 アメリカで日本の文化は知られているが、住んでみて初めてわかった日本人の「沈黙という文化」。人前で意見を言わない。アメリカは沈黙がない。デートで何も話さなければアウト。スポーツをするにも説明がある。今、合気道を習っているが何も教えてくれない。でも、黙って学ぶ「理解」をしている。一方、カラオケになると日本人は、アメリカ人そのものになる。
 
(7)「お父さん~ありがとう」 藤田朋子(中国)
 居酒屋をしているがお客さまに「ありがとう」をいわなかった。中国ではお互いさまだから「ありがとう」はいわない。主人から「会話をしてよ」といわれ仕方なくいい始めた。日本に来てからいうようになった「ありがとう」。今はそういえることが嬉しい。
 
(8)「私の会社の社長さん」 マイ・テイ・ハン(ベトナム)
 日本に来て2年。ベトナムは農業が主。でも農業は大変だから早くお金持ちになりたい。でも、ベトナムのお金持ち(社長さん)はちょっと怖い。私の会社の社長さんは掃除、草とりをする。食堂ではお皿におかずをのせてくれる。社長さんは顔は黒いけれどハンサムでとてもやさしい。一生懸命仕事をするとき、友達といるとき、私は幸せで、ふる里にいるよう。
 
(9)「学ぶこと」 松倉ロベルト(ブラジル)
 祖父は富山県。父は若い頃ブラジルに移民。お金もなくブラジルで生きることは大変だったが祖父にいわれた言葉「学ぶことはあなたのため 大事なこと」を心に懸命に生きてきた。そして、「仕事は計画的に」とも。学ぶことを大切にしている。
 
(10)「わたしは侍になりたい」 マレック・ヤクベック(ポーランド)
 趣味は歴史。宮本武蔵が好き。どうしたらサムライになれるかずっと考えてきた。それで、剣道を始めた。武士道を学びながら、本当のサムライになりたい。
 
(11)「感謝の心」 宮川宜輝(中国)
 中国にいるとき「日本にはイジメがある」と聞いてきた。とても心配で当初、何もしゃべらなかった。ある日の朝、下駄箱にスリッパがなかった。靴箱の前でじっとしていたら3年生が声をかけてくれた。自分を支えてくれる人がいると知り、不安が少しなくなった。でも、言葉がわからず成績は悪い。苦しく寂しく、将来どうなるかと不安だった。でも、今では友達もでき楽しい学校生活。スリッパを探してくれた3年生は未だに誰なのかわからない。とても感謝をしている。
 
(12)「私を変えた あの出会い」 兪至翊(中国)
 東京で荷物をかかえエスカレーターにのっていた。体がふらつきそうになり後ろに倒れかかった。ふと後ろを見たらおじいさんが黙って私をギュっと支えてくれていた。中国だったらハッキリと注意し大声で叱る。私はおじいさんのやさしさが忘れられない。これは私にとって大きな変化。
 

 ・最優秀賞 「元気な日本のお年寄り」ギマンタ・チャリス(スリランカ)19才 近江八幡市
 ・優秀賞 「お父さん~ありがとう」藤田朋子(中国)36才 栗東市
 ・優秀賞 「私の会社の社長さん」マイ・テイ・ハン(ベトナム)21才 大津市

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最優秀賞のギマンタ チャリスさんとお母さん(撮影・清水きこ)


 地方では職場やご近所に外国人がいない限り「外国人は外の人」の感が強く、交流はなかなか難しい。しかし、このようなイベントは外国人を「知る」、「理解する」最適なチャンスである。年に一度の同大会、地元の積極的な参加が望まれる。 
 主催者は最後の挨拶で「異文化には支えがいる」と語った。大事なかけ橋をひとりひとりがつくる時代になった。


 問い合わせ:びわこ日本語ネットワーク(BNN)
       BNN@mail.117.cx
 
 関連サイト:びわこ日本語ネットワーク
       http://olive-shiga.asablo.jp/blog/2008/12/23/4022674