小倉文三

 前回記事:沖縄フォト紀行2010(7) 豊見山雅裕さんと会った
 http://www.janjannews.jp/archives/2542706.html
 
 沖縄戦で十代の一人息子を戦死させた阿波根昌鴻(あはごん・しょうこう)さんは、戦後、基地の島・伊江島で反戦平和を訴え、反戦地主として、アメリカ政府と日本政府の不正を告発し続けた人である。彼は、また、こつこつと資料を集め続け、自宅の庭に、1984年に反戦平和資料館をつくった。現在、彼の遺志を継いで反戦平和資料館の館長をしているのが、養女の謝花悦子(じゃばな・えつこ)さんである。

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「ガラクタの山」の反戦平和資料館を運営するのは、館長の謝花悦子さん。今では歴史的に貴重なコレクションである。(以下、すべて筆者撮影)


 謝花悦子さんの話(要約)
 
 アメリカのオバマ大統領には、ずいぶん期待していましたが、何にもしていないのに、ノーベル平和賞をもらって、その授賞式の演説で本音をポロッともらしましたね。アフガン戦争の方はやめないそうです。これで、アメリカが戦争をやめる気は全然ないことがわかりましたよ。日本の民主党も、ムダをなくすと言ってあちこちから経費を削減しておきながら、そのカネは日本国民には回さず、アフガン戦争の支援金として500億も出す、と言っています。
 
 沖縄戦は読谷(よみたん)村から始まりました。読谷村には、飛行場があったからなのです。1945年4月1日に、アメリカ軍は読谷に上陸しました。そして、16日にはもうここ伊江島に来て、21日にはここの戦闘は終わっていました。戦前は、全島がサトウキビ畑で、1000戸ほどの民家がありましたが、アメリカ軍は、木1本、家1軒残さず、伊江島を破壊しつくしました。
 
 というのは、日本軍が、この小さな伊江島を基地にしていたからなのです。アメリカ軍は、そのことを熟知していたのです。日本軍は全滅です。この小さな島で、4300人もの日本人が死にました。その内の1500人は島の住民でした。戦争というものは、戦争準備をしているところから息の根を止めていくのです。基地があるということはそういうことなのです。沖縄の基地が解放されない限り、日本の解放はありません。
 
 戦前は、沖縄に基地はありませんでした。しかし、皆心豊かに生きていましたよ。基地で働いている人は、「基地がなくなったら生きていけない」と言いますけれども、そんなことはありません。基地をなくしても、雇用がむしろ増大して、うまく行っているところがいくつもあります。大和資本ですが、米軍基地よりはいいです。米軍基地に働く人も、実際のところを見たり、聞いたり、勉強したりしてほしいです。

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土地を取り上げられ、畑に落とされた爆弾を拾って生計を立てていた2人の青年が爆死。阿波根さんは、涙をこらえて資料館の写真記録に残した。


 読谷村も、基地がなくとも生きられるという段取りを進めています。農業の段取り、観光の段取りなど着々と進めています。昨年は、32年間の闘いの結果、60万坪の滑走路を取り返しました。伊江島は、基地に依存する行政ですけれども、読谷村は、そうではないのです。180度の違いがあります。
 
 基地がなくなれば、沖縄には、世界中から観光客が来るだろうと、私は思っています。気候が違うので、他の日本の土地ではできない作物が沖縄ではできるのです。それを土産物として加工すればいいのです。私は、未来の子どもたちのために平和な社会を残しておきたいです。それをするのは、大人です。私は、戦争だけは止めさせたいのです。

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白い大きな筒(資料館の展示物)は、伊江島の畑から拾ってきた模擬原子爆弾。戦後も伊江島では、ずっと原爆投下の訓練がされていた物的な証拠。


 筆者の感想
 
 阿波根昌鴻さんは、101歳まで反戦平和のために沖縄で活躍した。反戦平和資料館以外にも、アメリカ軍との交渉のための団結道場という闘争小屋を、基地ゲート前に残している。そこには、「会談のときは必ず座ること」「耳より上に手をあげないこと」「大きな声を出さず、静かに話すこと」「ウソ偽りを絶対に語らないこと」「道理を通して訴えること」「人間性においては、生産者であるわれわれ農民の方が軍人に優っている自覚を堅持し、破壊者である軍人を教え導く心構えが大切であること」と書かれている。
 
 1月24日、名護市長選挙で、基地反対派が勝利したが、あの勝利も阿波根さんの反戦平和活動と無関係ではないと思う。「命より大事なものはないんだ。その命が戦争によってこんなにも奪われてしまった。もう2度とこんなことがあってはならない」と語り続けた阿波根さんのまいた種が、今、芽吹いているのだと思う。
 
 
(参考資料)
 
 『沖縄戦、米軍占領史を学びなおす』(屋嘉比収著・世織書房)
 
 『命こそ宝』(阿波根昌鴻著・岩波新書)


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(関連リンク)
 
 佐喜眞美術館
 http://sakima.jp/