井口豊

 長野県辰野町では、2009年10月に行われた町長選挙の結果、現職の矢ケ崎克彦氏が当選し、現在4期目の町政に入っている。

 辰野町長選が投開票 矢ケ崎氏4選 (信濃毎日新聞社「信州Live on」)
 http://www.shinshu-liveon.jp/www/topics/node_134815
 
 町立辰野総合病院の移転新築や道路整備など課題は多いが、本稿では、筆者が関わっている移入ホタル問題を取り上げたい。
 
 ここ辰野町の松尾峡は、古くからホタルの名所として有名で、ホタル生息地として長野県天然記念物に指定されている。
 
 しかし、主として観光目的で、1960年代に膨大な数のゲンジボタルが、他県業者からの購入や譲渡によって、複数回放流された。それを養殖することによって、今見られる大量の「ゲンジ集団」の基礎が築かれた。現在の松尾峡集団は決して自然のものではない。そして松尾峡では、この移入ゲンジが地元ゲンジに壊滅的な打撃を与えたことが最近明らかとなった。
 
 これは以前、筆者が「『ホタル保護条例』が問いかけるもの」-JanJanニュース(2009/12/17)
 http://www.news.janjan.jp/area/0912/0912174479/1.php
 に書いたとおりである。
 
 問題は過去のことでなく、下流地域にも移入ゲンジの影響が及びつつあることだ。
 
 筆者は、町役場に直接行ってこの事実を伝えたし、矢ケ崎町長にもメールで伝えてある。しかし、それから半年以上経つが、矢ケ崎氏は全く対策を採るつもりはないらしい。筆者にも何の返信もない。無視という状態だ。
 
 ここのゲンジボタルが観光に役立ち、経済効果を上げていることは事実だ。私たちホタル研究者も、そのようなメリットを否定しない。だから、移入ゲンジを排除しろとか、利用するなとか言っているわけではない。ただ、残された地元産ゲンジを守る対策を立ててほしいと望んでいるのである。
 
 今年10月には、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が、隣県である愛知県の名古屋市で開かれる。
 COP10公式サイト
 http://www.cop10.jp/aichi-nagoya/cop10/index.html

 この生物多様性保護の大切な一面が、ゲンジの地域変異のような種内変異の保護である。
 辰野町もまた、辰野町環境基本条例
 http://www.town.tatsuno.nagano.jp/reiki/reiki_honbun/ae74403491.html
 で、生物多様性保護を訴えているのである。
 
 このような状況で、辰野町における移入ゲンジの悪影響を町長が公言することは、決してマイナスにはならないと私は考える。むしろ「ホタルの名所」の深刻な問題として、全国から意見を募ってみたらどうかと考える。また、地元産ホタルの保護区域を別に設けて、移入ホタルと自然ホタルを比較して見てもらうことだって考えられよう。さらに、ホタルの発生時期でなくても、この問題でシンポジウムを何度も開き、そのために人々に辰野へ来てもらう方策だって考えられる。「ホタル保護から見た生物多様性保護」と銘打ってシンポジウムを開けば、先進的な取り組みをする自治体として、このホタル移入問題が公になっても、決してマイナス評価は受けないと思う。
 
 しかし、このような提案を町役場にしても、全く無視されているのである。それどころか、口頭で何度か申し入れたところ、「(そんなこと)や・り・ま・せ・ん!!」と、筆者は役場内で怒鳴られたことさえある。
 
 繰り返すが、生物多様性保護が世界的に問題になっている時代である。

 環境省の生物多様性調査、遺伝的多様性調査報告書(2000)
 http://www.biodic.go.jp/reports2/5th/gdiv/5_gdiv_report.pdf
 でも、昆虫の中で特にホタルを取り上げ、その人為的移入問題が調べられている。
 
 平成20年6月6日に公布された生物多様性基本法
 http://www.biodic.go.jp/biodiversity/initiatives/docs/biodiversity.pdf
 では、国だけでなく地方公共団体にも生物多様性保護が求められている。
 
 このような状況で、いかに観光に役立っているからといって、移入ホタルの増殖ばかりを考えていては、時代遅れと言わざるを得ない。
 
 辰野町の移入ホタルに関しては、その悪影響が明確になると、2008年に夕刊や地方版とはいえ、いくつかの主要紙がこの問題を取り上げた(朝日新聞・6月17日長野・中南27面、毎日新聞・6月22日長野・南信25面、読売新聞夕刊・7月28日13面)。それにも関わらず、当時から町政を担っている矢ケ崎氏は、この移入問題に全く取り組もうとしない。
 
 昨年12月15日の第14回辰野町議会定例会で、矢ケ崎氏は、
 「ホタルの移動事態は自然の生物のホタル体系を崩すもとであるというようなことも大きな問題」
 http://www.town.tatsuno.nagano.jp/gikai/minutes/20091200_14.pdf
 (平成21年第14回辰野町議会定例会会議録、14日目、P.20)
 と述べている。
 
 これは、どこかの新聞記事か論文の受け売りだろうか? それとも、ホタルの移動が自然のホタル生態系を崩すと理解しているが、具体的対策は採らないということなのだろうか?
 
 文字通り「ホタルの里」として、経済的のみならず現代的な環境問題の観点からも、地元産ホタルの保護にいかに取り組むのか、矢ケ崎氏の能力が試されるであろう。