厚生労働省元局長・村木厚子さん(被疑事実当時は企画課長)が、「民主党の石井一衆院議員(当時、現在参院議員)の口利きを受けた塩田部長の指示で、上村勉係長(当時、現在起訴休職中)に、障害者団体の証明書をつくらせ、実体のない団体「凛の会」の倉沢邦夫被告人らに交付させた。倉沢邦夫被告人はそれを悪用し、企業と組んで郵便料金をごまかしたダイレクトメールを発送しボロ儲けした」として、大阪地検特捜部に逮捕・起訴された事件。
村木さんは一貫して無罪を主張しています。
第8回公判が2月24日、大阪地裁であり、上村被告人が証言しました。
第8回公判 傍聴記 平成22年2月24日(村木厚子さんの裁判を見守り支援する部屋)
http://www.prop.or.jp/court/2010-02-24.html
(以下の記事は特に断りが無い限り、上記傍聴記を基にしています)
既に、村木さんの元上司の塩田元部長は、村木さんの被疑事実について「すべて壮大な虚構」と証言。
村木元局長の被疑事実は「すべて壮大な虚構」と元上司-JanJanニュース
http://www.janjannews.jp/archives/2573227.html
上村被告人の前任者の村松係長も「村木さんは冤罪と思う」と吐露しています。
元部下も「村木厚子さんは冤罪」で特捜部また赤っ恥-JanJanニュース
http://www.janjannews.jp/archives/2632916.html
さらに、倉沢被告人と一緒に石井事務所を訪れたとされた「凛の会」の木村元機関紙担当会員も、口利き依頼のために石井事務所を訪ねたこと自体を否定しました。
「石井一議員への依頼、行ってない」と凛の会元幹部が証言-JanJanニュース
http://www.janjannews.jp/archives/2673557.html
このように、既に、特捜部のシナリオは大きく崩れています。
■村木さんとは仕事の話をしたことがない
この日の公判は、「特捜部のシナリオ崩壊」に駄目押しした形になりました。上村被告人は、「当時企画課長でお顔は知っていたが、仕事の話をしたことは無い」と冒頭から村木さんからの指示を受けていないと思われる発言で証言をスタートさせたそうです。
これは、ちょっとふつうの人には不思議かもしれませんが、公務員の世界(民間企業はどうかわかりませんが)では、そう、珍しいことではありません。
わたしも、広島県で「厚生労働省の地方機関」に相当する部署に勤めて長いものがあります。事件当時の上村被告人と同年代です。
わたしも、局長(本庁の課長に相当)と仕事の話をした記憶はあまりありません。(もう自民党政権も、前知事も退陣したので暴露ついでに言えば)、自民党政権時代の末期、わたしのボランティア活動(反貧困、非正規労働者支援)について、「政治的に偏っていてけしからん」などという匿名の苦情があった、などという仕事と直接関係無いことで呼び出された、くらいのものです。
■「上司に相談しなければいけないとも思わなかった」
さて、上村被告人は、検事が問題の虚偽有印文書を示し、「これを作成したのはあなたですか?」と質問すると「はい」と認めたそうです。
その上で、前任の村松係長からも「凛の会」の件について引き継がれた記憶はないと証言。そして、2004年4月半ばに凛の会の河野被告人からの電話で初めて証明書の発行を求められていることを知ったそうです。しかし、4月は係長になり立てで予算の仕事をするのがまず第一だと考え、この件は先送りにしたそうです。
前任者(村松係長)には、予算に関しては電話で尋ねるなどしたが、この件については、尋ねた記憶はない、とも言いました。
それに対して検事が「上司である室長補佐や企画課に相談したことはなかったのか」と質問すると「ありません」と答え、「村松前係長が知っているだろうとは思ったが、他に誰も知らないと言う認識だった。上司に相談しなければいけないとも思わなかった」と答えました。
その上で、「上司に報告しなければいけないとは思わなかったのか」ときかれると、「予算が自分の担当業務の中心だと思っていたので、証明書は勝手に出してしまえばいいと思っていた。いつまでも引きずらず(この案件を)自分の前から消してしまいたかった。5月中旬あたりから予算の仕事はどんどん忙しくなった。制度が変わったので去年の予算をいじればよいというものではなかった。抱え込んで堂々巡り・・・自分の性格もあり」などと、当時を語ったそうです。
■先送りも限界、「ばれることは無い」「もうやっちゃえ」
そして、「ばれることは無い」「上司は誰もこの件を把握しているとは思わなかった」とも証言しました。
検事が「村松係長は、先日の証言で国会議員絡みの案件だと口頭で引き継いだと証言したが」と聞いても、きっぱりと「私は引き継ぎなど受けていない」と回答しました。
そして上村被告人は、「稟議書を作って凛の会にFAXし、証明書の作成を先送りしてきたが、先送りでにっちもさっちも行かなくなり、もうやっちゃえ!と・・・作った」そうです。
上村被告人は、2004年5月31日の夜中に勝手に証明書を作成し、翌朝の6月1日8時に公印を押し、「凛の会」の河野被告人に近くの喫茶店に自分で手渡し、走って帰ったそうです。
「サンダル履きのまま行って走って帰った。けりをつけて1分1秒でも早く職場に戻りたかった。河野さんに渡した時、河野さんの名刺と倉沢という名刺をもらった。その倉沢の名刺の上に手書きで石井一事務所と書いてあった。このことがすごく印象に残っており、このとき初めて石井先生が絡んでいるんだなと思った。渡した相手は河野さんだったと明言できる。怪しい団体だと思った記憶は無い。その後、凛の会のことは一切話していない。縁が切れた」というわけです。
さて、河野証人は「証明書を受け取ったのは私ではない」と証言し、倉沢証人は「私が村木課長から受け取った」と証言しています。これについても、上村被告人は「嘘です」と即座に2つの証言を否定しました。
またしても、「村木さんが指示して証明書を作らせ、村木さんから倉沢被告人に渡した」と言う検察側の主張は覆されました。
■特捜部シナリオ、完全崩壊
上村証人は、自分で作り自分で渡したと主張。罪の意識はあったが自分の胸にしまっておけばバレないと思ったということです。
この証明書が莫大な利益を生むために使われることなど考えもしなかったということです。
役所の中で証明の事務というのは本当は対外的にも大事なものです。大事なのですが、一方で、他の業務に比べると、「定型的」なものです。
係長になりたてで多忙だという上村被告がめんどくさくなったとしても、(その人の性格にもよりますが)、不思議はないな、という感じは、似たような分野で行政に携わるわたしも受けました。
もちろん、上村被告人の性格によっては、「凛の会」を「石井事務所関係者がつくっているもの」と、河野被告人に証明書を渡す前から認識していたとしても、上司に相談せずに、「バレなきゃいいだろう」「ええい、俺一人でやってしまえ」と、勝手に発行した可能性もあるかもしれません。ただ、そのあたりは、今後、解明が待たれます。
■特捜部シナリオ「無い無いづくし」に
何はともあれ、そもそも、上村被告人は、「村木さんに罪をなすりつけたほうが罪が軽くなる」はずです。その上村被告人も村木さんの関与を否定したことで、特捜部のシナリオは完全崩壊したのではないでしょうか?
凛の会から石井議員への依頼はない。石井議員と塩田部長のやりとりもない。村木さんから村松さんにも上村被告人にも指示が無いし、村松さんから上村被告人に引継ぎも無い。検察側のシナリオは、「無い無いづくし」です。

◇記者の「ブログ」「ホームページ」など
広島瀬戸内新聞ニュース
http://hiroseto.exblog.jp/
村木さんは一貫して無罪を主張しています。
第8回公判が2月24日、大阪地裁であり、上村被告人が証言しました。
第8回公判 傍聴記 平成22年2月24日(村木厚子さんの裁判を見守り支援する部屋)
http://www.prop.or.jp/court/2010-02-24.html
(以下の記事は特に断りが無い限り、上記傍聴記を基にしています)
既に、村木さんの元上司の塩田元部長は、村木さんの被疑事実について「すべて壮大な虚構」と証言。
村木元局長の被疑事実は「すべて壮大な虚構」と元上司-JanJanニュース
http://www.janjannews.jp/archives/2573227.html
上村被告人の前任者の村松係長も「村木さんは冤罪と思う」と吐露しています。
元部下も「村木厚子さんは冤罪」で特捜部また赤っ恥-JanJanニュース
http://www.janjannews.jp/archives/2632916.html
さらに、倉沢被告人と一緒に石井事務所を訪れたとされた「凛の会」の木村元機関紙担当会員も、口利き依頼のために石井事務所を訪ねたこと自体を否定しました。
「石井一議員への依頼、行ってない」と凛の会元幹部が証言-JanJanニュース
http://www.janjannews.jp/archives/2673557.html
このように、既に、特捜部のシナリオは大きく崩れています。
■村木さんとは仕事の話をしたことがない
この日の公判は、「特捜部のシナリオ崩壊」に駄目押しした形になりました。上村被告人は、「当時企画課長でお顔は知っていたが、仕事の話をしたことは無い」と冒頭から村木さんからの指示を受けていないと思われる発言で証言をスタートさせたそうです。
これは、ちょっとふつうの人には不思議かもしれませんが、公務員の世界(民間企業はどうかわかりませんが)では、そう、珍しいことではありません。
わたしも、広島県で「厚生労働省の地方機関」に相当する部署に勤めて長いものがあります。事件当時の上村被告人と同年代です。
わたしも、局長(本庁の課長に相当)と仕事の話をした記憶はあまりありません。(もう自民党政権も、前知事も退陣したので暴露ついでに言えば)、自民党政権時代の末期、わたしのボランティア活動(反貧困、非正規労働者支援)について、「政治的に偏っていてけしからん」などという匿名の苦情があった、などという仕事と直接関係無いことで呼び出された、くらいのものです。
■「上司に相談しなければいけないとも思わなかった」
さて、上村被告人は、検事が問題の虚偽有印文書を示し、「これを作成したのはあなたですか?」と質問すると「はい」と認めたそうです。
その上で、前任の村松係長からも「凛の会」の件について引き継がれた記憶はないと証言。そして、2004年4月半ばに凛の会の河野被告人からの電話で初めて証明書の発行を求められていることを知ったそうです。しかし、4月は係長になり立てで予算の仕事をするのがまず第一だと考え、この件は先送りにしたそうです。
前任者(村松係長)には、予算に関しては電話で尋ねるなどしたが、この件については、尋ねた記憶はない、とも言いました。
それに対して検事が「上司である室長補佐や企画課に相談したことはなかったのか」と質問すると「ありません」と答え、「村松前係長が知っているだろうとは思ったが、他に誰も知らないと言う認識だった。上司に相談しなければいけないとも思わなかった」と答えました。
その上で、「上司に報告しなければいけないとは思わなかったのか」ときかれると、「予算が自分の担当業務の中心だと思っていたので、証明書は勝手に出してしまえばいいと思っていた。いつまでも引きずらず(この案件を)自分の前から消してしまいたかった。5月中旬あたりから予算の仕事はどんどん忙しくなった。制度が変わったので去年の予算をいじればよいというものではなかった。抱え込んで堂々巡り・・・自分の性格もあり」などと、当時を語ったそうです。
■先送りも限界、「ばれることは無い」「もうやっちゃえ」
そして、「ばれることは無い」「上司は誰もこの件を把握しているとは思わなかった」とも証言しました。
検事が「村松係長は、先日の証言で国会議員絡みの案件だと口頭で引き継いだと証言したが」と聞いても、きっぱりと「私は引き継ぎなど受けていない」と回答しました。
そして上村被告人は、「稟議書を作って凛の会にFAXし、証明書の作成を先送りしてきたが、先送りでにっちもさっちも行かなくなり、もうやっちゃえ!と・・・作った」そうです。
上村被告人は、2004年5月31日の夜中に勝手に証明書を作成し、翌朝の6月1日8時に公印を押し、「凛の会」の河野被告人に近くの喫茶店に自分で手渡し、走って帰ったそうです。
「サンダル履きのまま行って走って帰った。けりをつけて1分1秒でも早く職場に戻りたかった。河野さんに渡した時、河野さんの名刺と倉沢という名刺をもらった。その倉沢の名刺の上に手書きで石井一事務所と書いてあった。このことがすごく印象に残っており、このとき初めて石井先生が絡んでいるんだなと思った。渡した相手は河野さんだったと明言できる。怪しい団体だと思った記憶は無い。その後、凛の会のことは一切話していない。縁が切れた」というわけです。
さて、河野証人は「証明書を受け取ったのは私ではない」と証言し、倉沢証人は「私が村木課長から受け取った」と証言しています。これについても、上村被告人は「嘘です」と即座に2つの証言を否定しました。
またしても、「村木さんが指示して証明書を作らせ、村木さんから倉沢被告人に渡した」と言う検察側の主張は覆されました。
■特捜部シナリオ、完全崩壊
上村証人は、自分で作り自分で渡したと主張。罪の意識はあったが自分の胸にしまっておけばバレないと思ったということです。
この証明書が莫大な利益を生むために使われることなど考えもしなかったということです。
役所の中で証明の事務というのは本当は対外的にも大事なものです。大事なのですが、一方で、他の業務に比べると、「定型的」なものです。
係長になりたてで多忙だという上村被告がめんどくさくなったとしても、(その人の性格にもよりますが)、不思議はないな、という感じは、似たような分野で行政に携わるわたしも受けました。
もちろん、上村被告人の性格によっては、「凛の会」を「石井事務所関係者がつくっているもの」と、河野被告人に証明書を渡す前から認識していたとしても、上司に相談せずに、「バレなきゃいいだろう」「ええい、俺一人でやってしまえ」と、勝手に発行した可能性もあるかもしれません。ただ、そのあたりは、今後、解明が待たれます。
■特捜部シナリオ「無い無いづくし」に
何はともあれ、そもそも、上村被告人は、「村木さんに罪をなすりつけたほうが罪が軽くなる」はずです。その上村被告人も村木さんの関与を否定したことで、特捜部のシナリオは完全崩壊したのではないでしょうか?
凛の会から石井議員への依頼はない。石井議員と塩田部長のやりとりもない。村木さんから村松さんにも上村被告人にも指示が無いし、村松さんから上村被告人に引継ぎも無い。検察側のシナリオは、「無い無いづくし」です。

特捜部が描いていたシナリオ(黒字部分)は完全にでっち上げだらけだった。冒頭陳述や傍聴記より筆者作成。
◇記者の「ブログ」「ホームページ」など
広島瀬戸内新聞ニュース
http://hiroseto.exblog.jp/
