芹沢昇雄

 再審が結審し来月26日に再審判決が出る『足利事件』の菅家利和さんが記した本で、帯には「17年ぶりの生還後、人生初の告白手記」とある。
 釈放後「なぜ自白したのか」について、当時、気が小さく刑事が怖かったと発言していたが、この本を読み「検察や裁判官に謝ってほしい」と胸を張り大きな声で発言する菅家さんと違う当時の姿が解る。
 
 おとなしく無口で会話が苦手で自信もなく、友達もいなかった菅家さんは最初否認したものの自白に転じ、その後は自白に辻褄を合わせるのに苦労し、気の小さい彼は調書にも何の抵抗もなく署名したという。
 
 他人でありながら彼を無罪と信じ当初から支援し励ましてくれた西巻糸子さんの存在は、房の中で孤独な彼には大きな励みと力になった。
 しかし当初、彼の心は揺らぎ彼女にも「もう手紙を出さないで、構わないでほしい」と書き、拘禁者の心の揺らぎが解るような気がする。西巻さんや支援者との面会や差し入れ、そして支援者が傍聴席を埋めたことが、どんなにか力になったかと思う。
 
 その後、控訴審に着いた国選弁護人は菅家さんに面会もせず、西巻さんたちの紹介で私撰の佐藤博史弁護士や神山啓史弁護士らに変わった。手弁当でやってくれる弁護士らに出会い、やっと「弁護士が被告の味方になって助けてくれる仕事なんだと教えられた気がする」と言っている。そして、六法全書を差し入れてもらい、免田事件や島田事件などの勉強もしていった。
 
 2000年7月、最高裁がDNA再鑑定の請求を棄却し無期を確定させたことは「推定無罪」ではなく「推定有罪」の原則がまかり通り、これが日本の司法の実態と彼は怒っているが、まさに、多数決は「推定」であり「だろう」判決である。
 
 最高裁で無期判決確定後の受刑者への面会は、弁護士の他は家族と身元引受人しか会えない。彼の刑務所作業は袋貼りやゴム手袋をビニール袋に詰める作業で、最初は「十等工」で月給は600円だったという。また、房のボスにイジメられ肋骨が2本折れたが、湿布を貼り作業を休むだけの処置であったという。
 
 その2年経過後にやっと西巻さんが身元引受人として認められ、彼女は足利市から毎月、千葉刑務所まで面会に通ってくれたとのこと、身内の面会が少なかった彼はどんなにか嬉しく心強かったことであろうか。その裏では妹さんが隠れるように暮らし、ご両親の葬儀にも参列できなかったのである。
 
 再審請求で弁護側のDNA再鑑定結果を「誰のものか分からない」と宇都宮地裁が棄却した事に、再鑑定もしないで棄却したと彼が怒るのは当然である。弁護側の証拠が信頼できないなら、この時点で裁判所は自らの「職権で鑑定」することが可能であったのであり、これは普段から「検察丸飲み」の姿勢が表れている。
 その後、この棄却に即時抗告をして東京高裁が「再鑑定」を認め、検察、弁護双方の鑑定人がDNAが「一致しない」と認定し、再審開始に至った経緯は現在報道の通りである。
 
 最後に、佐藤博史弁護士が「『足利事件』の闘いを振り返って-その中間報告」を書いている。
 当初、佐藤弁護士は彼の無実主張を半信半疑だったと言うが、彼に接見し「小児性愛者」との鑑定を見て、その知識のあった佐藤弁護士は「嘘だ!」と無罪を確信したという。現に、警察は彼を1年以上尾行していたが、その間に何らその気配は皆無だったのである。
 
 証拠は重要であるが、その「証拠を常識で観る」ことが大切である。佐藤弁護士が無罪を確信したり、西巻さんが無実を確信したのは、当初は証拠ではなく「常識」である。この結果は検事は元より、裁判官が如何に常識が無く世間知らずであるかを裏付けてもいる。最後には「年表」も出ている。
 
 この菅谷さんに限らず、「富山氷見事件」の柳原さんや「志布志事件」の被害者、そして、再審開始が確定した「布川事件」の桜井さんと杉山さんなど、全て自白し取調の「完全可視化」を求めている。裁判官は何を根拠に密室の自白を信用し証拠採用するのか。相変わらず自白が「証拠の王」となっているのが現実である。
 弁護士の立会や連続録画・録音の「完全可視化」が導入されていない先進国は日本だけであり、その導入が必須・急務である。
 
 最後に付け加える。
 米国の陪審は「全員一致」であるにも拘わらず、現在、DNA鑑定の進歩で死刑囚17人を含む240人もの無実が確認されている。(『無実を探せ!』現代人文社・他)
 そして、国内でも足利事件と同じDNA鑑定で死刑判決を受け、再審準備中であった「飯塚事件」の久間三千年さんが、足利事件のDNA再鑑定の確定直後!死刑確定から僅か2年で急遽「処刑」されたのはなぜか?
 
 菅家さんは「西巻さんがいなければ、自分は80歳を過ぎても塀の中にいたと思います」と、そして「手弁当で裁判を闘ってくれた弁護団がいなければ、自分はずっと無知のままであったと思う」と、更に「たくさんの支援者にも励まされた」と感謝で結んでいる。
 理解する支援者と正義感のある良心的弁護士と出会えてラッキーであった。再鑑定が確定した時、塀の中の仲間が喜んでくれたと言うが、この裏には多くの冤罪が潜んでいるであろう。
 
 
◇記者の「ブログ」「ホームページ」など
 雨ニモマケズ
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