さとうしゅういち

 活動実態がない障害者団体「凛の会」の会長・倉沢被告人が、腹心の木村・機関紙担当と一緒に2005年2月25日、石井一議員に障害者団体として認定してもらうための口利きを依頼。石井議員が、「親密」とされている厚生労働省の塩田部長(当時)に依頼。塩田部長が企画課長(被疑事実当時)の村木厚子さん(逮捕時局長、現在起訴休職中)に証明書発行を指示し、村木さんが北村定義・課長補佐を通じて村松係長、そして後任の上村勉被告人(被疑事実当時係長、起訴休職中)らに指示。上村被告人が2004年6月に証明書を偽造。村木さんに渡し、村木さんがそれを倉沢被告人に渡した。倉沢被告人はそれを使用し、郵政公社から不当な料金の割引を受け、(機関紙に偽装した)企業のDMを大量に発行し、ぼろ儲けした・・・。
 
 そのような「シナリオ」で大阪地検特捜部が村木さんを公文書偽造などの被疑事実で逮捕・起訴した事件。
 
■2月までに完全崩壊した特捜部のシナリオ
 
 既に2月までの公判で、上記シナリオは瓦解しています。
 
 まず、塩田元部長が石井議員とのやりとりがあったことを否定。村木さんの被疑事実を「壮大な虚構」と証言しました。また、凛の会・機関紙担当の木村氏も、石井事務所に口利き依頼に行った記憶がない、と証言しました。
 
 その上、村松元係長も村木さんの関与を否定。そして、証明書を偽造した上村被告人本人も、村木さんの命令ではなく、自らの独断でやった、と証言しました。
 
 3月3日の公判では、上村被告人は、ついに「今は、はっきり村木さんの無実を確認しています。村木さんは無実です!!」と泣き叫んでしまいました。
 
 第10回公判 傍聴記 平成22年3月3日
 http://www.prop.or.jp/court/2010-03-03.html
 
 そして、同じ3日の午後、出廷した北村補佐も、自分が被疑者として特捜部に逮捕・拘留されることを恐れて、村木さんを陥れるような内容の調書にサインしてしまったことを暴露しました。
 
 「逮捕されることを恐れる被疑者を脅し、村木さんを陥れる内容の検察がでっち上げた調書にサインさせる」という手口が、徹底していたことが暴かれました。
 
 「厚子さん第9回公判 傍聴記 by ナミねぇ」 ~私たちは、裁判の行方を見誤ってはいけない~
 http://www.prop.or.jp/court/2010-02-25.html
 
■石井議員「倉沢被告人はインナーサークルではない」
 
 そして、3月4日は、民主党の石井一・参院議員(被疑事実当時、衆院議員。2005年のいわゆる郵政選挙で落選。2007年7月の参院選で復活。現在、党選対委員長)が弁護側証人として出廷しました。
 
 「厚子さん第11回公判傍聴記」 by ナミねぇ ~「これは政治案件ですよ」は、真っ赤な嘘~
 http://www.prop.or.jp/court/2010-03-04.html#nami
 (記事は特に断りがない限り、上記傍聴記を参考にさせていただいています)。
 
 石井一議員によると、倉沢被告人は1982年から1年程だけ、事務所にいたそうです。ただし、石井議員が1983年の総選挙(当時石井議員が所属していた自民党は、ロッキード事件での「角さん有罪判決」のあおりで大敗しました。)で落選すると、事務所を去ったそうです。その後は、一さんの弟の石井一二さんの秘書をしていたそうですが、一さん(わたしたち民主党員の間では「ピンさん」と読むのが愛称です)にとっては「インナーサークルの人ではなかった」と言う認識です。
 
 石井さんは会った人については、克明に手帳をつけるタイプだそうで、倉沢被告人とは年に1,2回会うかどうかという程度だったそうです。
 
 その程度だったら、(倉沢被告人をわたしに置き換えてみると)民主党員のわたしだって、他党派の議員ともお会いすることはあります。男女共同参画関係で社民党の福島党首(大臣)とは年に数回はお会いしますし、自民党、公明党や共産党の女性議員でもそれくらいの頻度でお会いする人がいます。逆に言えば、年に1,2回の人は議員から見て重要(な支持者)とは思えないのは当然でしょう。
 
 村木さんの弘中弁護士が「次にお聞きしますが、あなたは厚労省社会援護局元部長の塩田幸雄氏との面識はありますか?」と問うと、石井議員は「覚えがありません。長年議員をしていると、相手は僕を知っててもこちらは記憶がないということが、いくらでもあります。塩田さんというのは直接会ったこともないし、顔も思い浮かばない」と返答。弘中さんが、「塩田氏は、阪神淡路大震災後の復興委員会であなたに会ったと言ってますが・・・」と言うと、石井議員は「兵庫一区は被害が大きかったので、会った事実がないとはいえないが、覚えがありません」と回答しました。
 
 まあ、阪神大震災のときは、石井議員の地元・神戸は壊滅的でした。もう、死に物狂いで、いろんな役所に頭を下げに回ったことでしょう。その中でたまたま、塩田さんと言葉を交わすくらいはあるでしょう。逆にいえば、国会議員でない人は、議員に声を掛けられたら、舞い上がってしまうような人もいるのでは?、と思います。それが印象に残ってしまうわけです。石井議員の答弁をそんなにおかしいものとはわたしは感じませんでした。
 
 その後、石井議員は、名誉毀損で自分を犯人呼ばわりしている週刊誌を訴えていること。そして、今日、出廷した理由を、「私自身もマスコミに書かれて相当辛い思いをしたが、村木さんという女性局長は高知の大学を出て東大卒の競争の中であそこまで上り詰めた。それなのに被告人の席に立たされて、さぞ辛く苦しいだろうと、その心情を思い、同情の気持ちから、今日の出廷を決めた」と語りました。
 
 実を言うと、わたしも村木さんのことは、わずかな期間、旧労働省に出向していた経験を持つ父親から聞いたことがあります。子ども心に「すごい人がいるものだ」と感心したのを覚えています。
 
■石井さんの手帳を証拠採用しようとすると怒る検事
 
 倉沢被告人が機関紙担当・木村氏と一緒に、石井事務所に口利きを依頼したと検事が主張する平成16年2月25日について、弘中弁護士が聞きました。
 
 法廷内の左右の壁にかけられた 大きなディスプレイに、倉沢被告人の手帳が写しだされ、「この日の倉沢の手帳には<13時 石井一、木村>との記述があり、これが本事件にあなたが関与している・・・口添えを依頼され、厚労省に働きかけた、という疑いに繋がってるのですが、あなたはこの日、倉沢と会われてますか?」と弁護士は問いました。
 
 すると、石井議員は「絶対ありえません! 私は過去40年間、その日の出来事を手帳に記録してますから・・・200冊になるんですよ。それを確認してもらえれば・・・」
 
 石井議員の言葉を受けて弘中弁護士は「手帳を!」と、裁判長に要請したとたん、検事が「異議あり!」と大声で叫びながら立ち上がったのです。
 
 「公判前整理手続で証拠採用していないものを、突然出すな」というのが検事の言い分です。検事は「採用できません!」「ダメです!」「認められません!」と顔を真っ赤にしていたそうです。
 
■村木さん逮捕後3ヶ月もたって石井議員から聴取
 
 「では、証拠採用が必要な理由を述べます」と弘中弁護士は冷静に畳み掛けました。「まず何より、石井氏の関与を言ってるのは検察官です。これを争う場で、否定材料を提出するのは、当たり前ではないですか?」。立ち上がった検事は着席するのも忘れて、真っ赤な顔のままで弘中氏を見つめていたそうです。
 「公判前整理手続の段階では、石井氏が克明に手帳に記録をとる方だとは分かりませんでした。しかし本件について、昨年9月に石井氏が事情聴取を受けた時、実は石井氏は手帳を検察官に見せているんですよ。検察官がきちんと見なかっただけです。石井さん、その時の検察官がここに居ますか?」と弁護士が問うと、「はい」と石井氏が 検事席を見ながら「そこにおられる・・・少し太られてメガネもかけておられるので別人のように見えるが、あの方です」とM検事を名指ししました。
 
 傍聴人の竹中ナミさんは、「驚いて傍聴席で飛び上がった」そうです。
 
 そもそも、この事件は「石井議員の口利きに端を発した、政官がグルになって犯した犯罪」と検察は言い続けているのです。ところが、捜査時点はおろか逮捕・起訴後3ヶ月の間、倉沢被告人による供述の裏付け捜査を一切行っていないということが明らかになったのです。ようやく9月に入って、あわてて石井議員から話を聞いたのだろう。
 検察は、事件の端緒になる口利きについて最も基本的な裏付け捜査もせずに、主犯の供述だけを基にして村木厚子さんを逮捕・起訴していたことになります。
 
 「そのような訳で、手帳の証拠採用をして戴きたい!」弘中氏の言葉に、裁判長が頷いたのです。
 
■石井議員「その日はゴルフ」
 
 ディスプレイに、石井氏の手帳がアップで映し出され、「2004年2月25日・・・この日に丸印がついてますが、これは?」「それはゴルフの日、という印です」と石井氏。「7:56ティーオフと書かれてますね。どこのゴルフ場ですか?」「成田です」という答えに続き、参加メンバーやスコア、何時頃終わったというような会話が続きました。
 
 そして、「凛の会」について、知らせてもらったのも、2006年11月、石井さんが翌年の参院選を控えた時期です。倉沢被告人は、石井さんに対して「選挙でこの新聞を使いませんか」と、機関紙を見せたが、石井さんが断ったそうです。
 
 「僕はね、倉沢には犯罪は構成できないと思うんだ。使われたり、利用されたりするタイプだよ彼は。今はどうしてるか全く知らんね」という石井さん。
 
 昼休憩には、法廷内で、検事と弁護士が言い争っていたそうです。検事は「証拠採用できない!」「不意打ちだ!」などと叫んでおり、「公判前整理手続で提示していなければダメだという法律など無いでしょう!」と弘中弁護士。
 
 怒鳴り合いが終わらないので裁判長が「ではこの件は後ほど」と公判を続けるよう促したそうです。
 
 そして午後、公判が再開されましたが、なんと検事側も、石井さんの手帳の平成16年2月25日のページをディスプレイに映し出して尋問をしました。すでにゴルフ場に色々裏をとってることが丸わかりの尋問が続いたそうです。
 
 検察側は、ゴルフに同行したK議員が、当日予算関係の委員会に出席していたことの「証拠」となる「委員会出席者名簿」を持ち出して石井さんのゴルフというアリバイを崩そうとしました。しかし、その委員会は、出席してもしなくても「委員全員の名前が出席者名簿に掲載される」という慣習だということを石井さんが暴露しました。
 
 最終的に裁判長の判断で、石井さんの手帳の「平成16年2月24日と25日」が「証拠採用」され、その日の公判が終わりました。
 
■石井議員「検察は公正無私で善であることを希望する」
 
 傍聴者たちがみな、立ち上がりかけた時、石井議員が「ひとこと、お話させて戴きたいことがある」と声を張り上げたそうです。石井さんは、大きな声で「私は、この裁判の結果は、検察庁の倫理・存在(意義)を問うていると思っている。検察が、公正無私で善であることを私は希望している」と語りました。
 
 そして石井さんは、公判後の記者会見でも「あなたたちマスコミは、私を犯人扱いしてこられた。村木厚子さんも、大変つらい思いをしておられる。事実に基づかない報道を続けてこられた皆さんは、いったいこの責任をどうとるのか。情報の集め方にも問題があるのではないか」と、問題提起を投げかけて、大阪地裁を後にしました。
 
■お粗末極まりない特捜部
 
 もう、村木さんの裁判が始まってから毎度のことですが、「これが天下の大阪地検特捜部?」と思えるほどのお粗末さを、いやというほど見せ付けられます。倉沢被告人の証言のみを頼みに突き進んでいき、あとは逮捕・拘留をちらつかせて、関係者を脅して、でっち上げの調書を呑ませる。こんなので済むなら、検察はいらない。そんな内容の捜査ではないでしょうか?
 
 それにしても、一体何のために村木さんは苦しめられなくてはならなかったのか? 石井議員も恥をかかされないといけなかったのか? そのことこそ、今後解明されるべき、と思います。


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関連リンク
 竹中ナミ(たけなか・なみ) (nami_takenaka) on Twitter
 (村木さんの裁判の速報を見られます)
 http://twitter.com/nami_takenaka
 
 江川紹子さんのtwitter (同じく傍聴記あり)
 http://twitter.com/amneris84
 
 
◇記者の「ブログ」「ホームページ」など
 広島瀬戸内新聞ニュース
 http://hiroseto.exblog.jp/