上田邦博

 3月10日に行われた日本弁護士連合会会長選挙再投票で、消費者問題に詳しい宇都宮健児弁護士が初当選した。
 長年にわたり主流派弁護士が、派閥の大量得票で会長職を独占してきた歴史が終わりを告げたのである。
 
■法曹人口問題は争点ではない
 
 大手のマスコミでは、今回の選挙の争点は司法試験合格者数を削減すべきかどうかであると報道されているが、事実は異なる。
 確かに宇都宮健児弁護士は司法試験合格者数を現状の毎年3000人から1500人に削減すべきと主張しているが、山本剛嗣弁護士は、それについて具体的言及を行っておらず、明らかに法曹人口問題を争点とすることを避けている。

 また、選挙結果において、東京・大阪など大都市圏が山本弁護士支持であるのに対し、地方が宇都宮弁護士支持となっているが、法曹人口問題に関して大都市圏と地方の弁護士のいずれも急激な増員については反対しており、これほど大きな差が出る要因は認められない。
 
 主要な争点は、法曹人口ではなかったのである。
 
■選挙の真の争点は、地方の債務整理市場の取り合い
 
 それでは真の争点はどこにあったのか、言い換えれば大都市圏の弁護士と、地方の弁護士の利害が対立する争点とは何であったのか。
 
 あまり知られていないことだが、全国に約12000ある法律事務所のうち、約7割が弁護士1人の事務所であり、弁護士2人の事務所まで含めると約8割強が個人経営の事務所である。
 日弁連が公表している公設事務所の報告書によると、一般的な事務所が受任する業務の内訳は、債務整理案件が全体の5割強を占め以下、交通事故、離婚、刑事事件の順となっている。即ち法律事務所の大多数を占める個人事務所において、債務整理業務は大きな収入の源なのである。
 
 ところが、一昨年より東京の債務整理大手法律事務所が全国でテレビCMを展開し始め、その後続々とテレビCMを行う事務所が増えたことから、地方の法律事務所の経営は大きな痛手を受けることとなった。 
 この大都市圏の弁護士と地方の弁護士による、地方の債務整理市場の奪い合いが、今回の日弁連会長選挙の結果に大きく影響を及ぼしたのである。
 
 宇都宮弁護士は、債務整理分野の草分け的存在であるが、その一方で、弁護士が広告を行うことに関して批判的な事で知られている。宇都宮弁護士もまた、大手の債務整理事務所が広告を行うことで顧客を奪われている当事者であり、その点で地方の弁護士と利害を等しくしているのである。
 地方の弁護士としては、宇都宮弁護士が日弁連の会長になることで、債務整理大手法律事務所の広告に制限を加えることを期待しての選挙だったのである。
 
■救済すべきは地方の弁護士か?地方の多重債務者か?
 
 日弁連は昨年7月理事会で「債務整理に関する指針」を採択し、従来は認めていた電話による債務整理の受任を事実上禁止した。日弁連は、この指針採択の理由を債務整理案件に対する苦情が増加しているためとしているが、昨年、債務整理案件で懲戒処分を受けた例はなく、地方の債務整理市場を債務整理大手法律事務所から隔離する目的であるのは明らかである。
 
 この指針により、地方の弁護士は守られるかもしれない。しかし、肝心の地方の多重債務者にとってこの指針はどういう意味を持つのだろうか?
 
 債務整理大手の法律事務所は、業務の標準化・マニュアル化と高度な情報システム化により、低コストでの大量案件処理を実現しており、依頼者に対し安い弁護士費用で質の高いサービスを提供している。前述の指針は、地方の多重債務者が安い費用で多重債務から救済される権利を奪うことに他ならない。
 それが司法サービスをあまねく国民に提供すべく設立された日弁連がすべきことであろうか。
 
 今年の6月には改正貸金業法の完全履行が控えており、このことにより新たな借り入れが出来なくなる人は400万人以上と言われており、これらの人々が債務整理を行うため法律事務所の門を叩く可能性がある。その一方で、法律事務所等が受け入れることが出来る債務整理のキャパシティは現状年間60万件程度であり債務整理難民の発生が危惧される。
 
 日弁連の新会長となる宇都宮弁護士には、既存の弁護士の既得権益を守ることと多重債務で苦しむ人のどちらを救済すべきか、かなえの軽重を誤らないで欲しい。