三上英次

前回記事:〈言論の自由〉をめぐる裁判(前) ~第5回口頭弁論~
http://www.janjannews.jp/archives/2874177.html
 
 (1) 土肥信雄氏「私の思い」

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今年4月からは大学生を相手に講義することになる土肥信雄氏(09年6月、国際基督教大学にて)。〔撮影・三上英次 以下同じ〕


 今回、土肥氏による意見陳述は裁判所の都合で行われなかったが、土肥氏は意見陳述できるように原稿を用意していた。下記は、土肥氏が第5回口頭弁論に向けてしたためた「私の思い」である。以下に全文を掲出する。
 
 
 第5回口頭弁論 「私の思い」
 
 第2次世界大戦の大きな過ちを犯した日本は、その反省のもと、日本国憲法の前文に「政府の行為によって再び戦争の惨禍(さんか)が起こることのないようにすることを決意し」と不戦の誓いを述べ、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を三原則としたのです。
 戦前においても、多くの人が戦争に反対だったと思います。しかし何故第2次世界大戦を止められなかったのでしょうか。それは〈言論の自由〉がなかったからです。私が大学生の頃、母に「どうして戦争反対と言わなかったのか」と詰問したことがあります。母の答えは「信雄、言いたくてもいえない状況だったのよ。多くの人は戦争反対だったと思うけど、もしそれを言ったら命がなくなるのよ」でした。戦前においては治安維持法により、言論弾圧が行われ、死を覚悟して戦争反対を言わなければならない状況だったと思います。戦争反対を言うことは非常に勇気のいることであり、それを言えなかったことについて私も理解しました。
 〈言論の自由〉が保障されていれば、戦争は起こらなかった可能性が強く、日本の歴史は大きく変わっていたと思います。
 そして戦後多くの人が「あの時戦争反対と言っていれば」と後悔したのも事実だと思います。それ故に、私は憲法の三原則の中の基本的人権の一つである〈言論の自由〉の保障がとても重要であると思っています。
 その〈言論の自由〉が、教育の現場でなくなる可能性があるからこそ東京都教育委員会(都教委)を訴えたのです。しかも現在は戦前と違って〈言論の自由〉は保障されているはずですから、命を賭ける必要はありません。私の場合でも職を賭けたのであり、命の重さに比べれば、比べ物になりません。「あの時、都教委を訴えておけば」という後悔だけはしたくなかったのです。
 現職中に都教委に何度も公開討論を要求しました。どちらが正しいか、都民、国民の皆さんに判断していただきたかったのです。しかし残念なこと都教委は公開討論に応じてくれませんでした。やむを得ず裁判に訴え、口頭弁論という公の場で公開討論をしているのです。
 私も、都教委も子どものために全力をつくしています。したがってお互いにそれぞれの主張を出し合って、判断してもらえば良いのです。
 しかし、都教委の反論(準備書面)を見ると、事実と違うことが書かれています。お互いが主張するにも、その前提は「事実」から出発すると言うことです。「事実は一つ」であり、その事実にもとづいて主張すべきではないでしょうか。
 一例を挙げます。私は密告により間違いなく3回指導を受けました。3回目の指導では参事の新井氏が「教育委員の米長氏が近々に三鷹高校を訪問します。」と私に伝えたのです。それが都教委の反論では、指導は2回だけで、3回目の「米長氏が行く」指導は記録になかったとなっています。絶対に許せません。何故3回指導を行ったと言わないのですか。「かくかくしかじかの理由で米長氏が三鷹高校に行って土肥を指導するのです」と、正々堂々と言ってください。私はその時「是非来て下さい」と答えました。なぜなら私は、私の教育実践に自信を持っていたので、米長氏に是非私の教育実践を見ていただきたかったのです。教育の現場においては子ども達に「嘘をつくな」と教えています。「嘘つき」は教育関係の仕事に携わってはいけないのです。
 事実は一つです。都教委も事実に基づいた主張をして下さい。私の願いは、ただその一点です。
 
 
 2010年(平成22年)3月11日
 土 肥 信 雄 
 
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土肥氏への「オールC」評価書。裏面には土肥氏が「…具体的事実を確認することなく…発言する」とマイナス評価の根拠(?)めいたことが書かれているが、都教委担当者は、土肥氏の著作などを本当に読んでいるのだろうか。


 (2) 土肥信雄氏に聞く
 
 今年の6月で、提訴から1年を迎える土肥信雄氏。公益通報に関わる裁判や、個人対組織の裁判では、どうしても個人は孤立し、裁判そのものが疲労の原因にもなる。土肥氏は裁判で疲れていないのか――、第5回口頭弁論を終えた土肥氏に近況を聞いた(文中敬称略)。
 
 
 〔記者〕 一連の書面(準備書面)のやりとりを拝見していて、今後の裁判に関して、いささか懸念されるのは、〔事実認定〕ですら都教委側が土肥先生のおっしゃるところの「ウソ」をついて来ることです。「公開討論」というのは、事実を双方が確認し、それに対して意見・考えを述べて、その意見交換を、見ている側(生徒・保護者・国民)が判断する、そして判断結果が、次の教育行政に反映されていく、というのが理想だと思います。ところが、都教委は「あったこと」を「無い」と言い、「無いこと」を「あった」と言うような戦法です。
 前回(第4回裁判)でしたか、土肥先生は「こういう人たちを相手にしなくてはいけないのかと思うと、悲しい」と、心情を吐露されていましたが、同じ土俵(=共通の事実認定の場)にすら立てないことを、どうお考えでしょうか。
 
 〔土肥〕 都教委が行った行動に対して、自信のない証拠だと思います。いつも都教委は校長に対して「説明責任を果たせ」と指導していますが説明責任を果たしていないのが都教委です。実は私は都教委に内容を録音してほしいと正式に3回程依頼しました。なぜなら必ず「言った、言わない」の問題になるからです。それは単に都教委の発言だけの問題でなく、私の発言も記録しておけば私が嘘をついていればすぐに分かるためにも…です。残念ながら全て断られました。ただ裁判の過程の中でどちらが嘘をついているか明らかになると思いますし、そうなれば私に有利になりますので「災い転じて福となす」です。
 
 〔記者〕 今年1月、そして2月と、都教委を被告とする「非常勤教員」への不採用をめぐる判決がありました。私は、在職中に、訓告などの処分を受けた教員の裁判、あるいは「日の丸・君が代」裁判と、土肥先生の裁判とは、ある意味で一線を引いています。
 つまり、土肥先生の場合は、「在職中に、一切の処分なし」にも関わらず、人事権で、在職中の言動について報復しているケースであり、もう一点はほかの裁判は、「在職中の処分やそれにともなう不採用がけしからん」そして「個人の利益が害された」と主張しているようですが、土肥先生の場合は、個人の利益うんぬんよりも、〈言論の自由〉を認めない教育行政を改めていかないと、日本全体がたいへんなことになる、だから、司法の裁きを求める…ということですね(横暴な都教委相手という点では、各訴訟と、土肥先生の裁判とは共通点はありますが…)。
 
 〔土肥〕 その通りです。私のこの裁判を起こした主目的は、都教委の行った教育行政の実態を都民国民に知ってもらい、どちらが正しいか判断してもらいたいのです。
 今の都教委の状況が続けば、子どものため、日本のためにならないと思い裁判を起こしたのです。ただ都教委の数々の言論弾圧そのものを裁判することはきわめて困難な問題でしたが、私が不合格になったので、裁判することが出来たのです。
 
 〔記者〕 なるほど、…ということは、それも「災い転じて福となす」の好例ですね。さて、一般に、個人が教育委員会などの組織を相手にする時は、経済的にも精神的にも、相当参ってしまいます。今、私が、ずっと取材している浦安市での担任によるわいせつ行為の被害者家族の裁判なども、足掛け6年目に入りました。いっぽう、組織のほうは、税金で、弁護士を雇い、当の本人たちは、何の痛痒も感じずに、裁判を傍観しています。
 土肥先生の場合、裁判疲れ(=裁判によるストレス、心労など)はありますか。
 
 〔土肥〕 裁判疲れは全くありませんね。第一に、全国で講演するたびに私の支援者が増え、皆さんから多くのエネルギーを得てますます元気になっています。
 第二にあまりにも都教委の反論がひどいので、逆に闘争心をかき立てられるとともに、都教委の反論に対する再反論を考えるのがとても楽しいのです。
 都教委の反論が的確であれば、私が負けるのではないかと思って、しゅんとするでしょうけど。
 経済的な面では多少厳しいですが、裁判費用については、教え子・保護者・市民の方が作った「土肥元校長の裁判を支援する会」のもとへ全国から支援金がよせられ、全面的に応援してくれていますのでとても助かっています。
 
 〔記者〕 退職される1年前と、今とでは、どちらがお忙しいですか。現在も、講演活動などで、お忙しいでしょうか。
 
 〔土肥〕 全く同じくらい忙しいですね。昨年度は通常の仕事とともに何回も都庁に行って指導を受けたので忙しかったですが、今年は、裁判、全国の講演、マスコミとの対応等で忙しいです。ただ昨年は、「疲れる忙しさ」であり、今年は充実した忙しさです。今年4月からは、2つの大学で非常勤講師として教職についての授業をしますのでますます忙しくなりそうです。「捨てる神あれば、拾う神あり」ですね。
 
 〔記者〕 今後ともご活躍を期待しています。どうもありがとうございました。
 
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三鷹高校・第58期生から退職する土肥氏に送られた色紙。都教委の下した「オールC」(=すべて最低ランク)の学校長が、卒業生らからこれだけの色紙をもらえるだろうか。


 (後記)土肥元校長、最強伝説!?
 
 第2回口頭弁論で、九州から新幹線を乗り継いで東京地裁に駆けつけた卒業生のことを前にふれたが、今回も、折りしも大学が春休みということで、多くの卒業生らが傍聴に訪れた。
 
 その中で、現在都内の大学に通う、野澤拓さんと勝股春樹さんが、土肥氏の驚くべき〈最強伝説〉を教えてくれた。
 
 それは、野澤さんが高校1年生の頃、サッカー部で着替えをしていた時のことだ。ぶらりとやってきた土肥校長(当時、以下同じ)は部員たちに向かって「オレは、昔から腰が強いんだ~」と自慢げに声をかけて来たという。部員たちは、「はい、はい…」という感じで適当に聞き流していたところ、土肥校長から「きみたちの中で、いちばん相撲の強いヤツは誰だ?」と切り出して来た。そこで部員同士も話をして「いちばん強いヤツ」の筆頭ということで、その時すでに身長180cmに達していた野澤さんが、土肥校長と相撲対戦することになったという。
 
 対戦を目撃した勝股さんも当時をふり返る。
 「いやぁ、野澤はとにかくデカかったし、『この校長は、いったい何を言っているんだろう…?』『勝負はもらった!』『野澤の楽勝だ!』と思いましたよ。むしろ、勝ち・負けを心配する…と言う以前に、勝負を挑んで来た校長センセイが怪我をしないかと心配でした。だって、学校長が在校生と本気で相撲をとって、そのあと怪我で欠勤なんて言ったら、目も当てられないじゃないですか」
 
 ところが、184cmの野澤さんは、あっさり負けてしまったという。
 「ショックでした。絶対勝てると思っていたのに」
 「そのあと土肥センセイは『オレは腰が強いんだぁ~』『オレは腰が強いんだぁ~』と勝ち誇ったように、ゆうゆうとその場から去って行きました…、ぼくらは本当に負けたことがショックで…とにかく、しばらく立ち直れませんでした」
 
 そう言えば、土肥氏は、東大在学中、相撲を取った後、どうも首のスジが痛いと思って医者に行ったところ「首の骨が折れていますよ」と言われた伝説の主(ぬし)でもある。50代後半の現職校長時代に、184cmのサッカー部員相手に相撲で勝ってしまうというのだから、「腰の強さ」はやはりホンモノなのだろう。
 
 さて、その「腰の強さ」を生かして、土肥氏が「モンスター都教委」をどう投げ飛ばすのか、次回裁判期日(→5月27日、午前10時)が楽しみである。

 
〈土肥信雄氏・インタヴュー〉
 ◎都教委の言論統制の実態(09年3月)
 http://www.news.janjan.jp/culture/0903/0903209830/1.php
 ◎提訴にあたって(09年6月)
 http://www.news.janjan.jp/living/0906/0906155123/1.php
 
〈土肥信雄氏・裁判関連記事〉
 ◎第1回口頭弁論(09年7月23日)
 http://www.news.janjan.jp/living/0907/0907247662/1.php
 ◎第2回口頭弁論(09年9月10日)
 http://www.news.janjan.jp/living/0909/0909120134/1.php
 ◎第3回口頭弁論(09年11月5日)
 http://www.news.janjan.jp/living/0911/0911062762/1.php
 ◎第4回口頭弁論(10年1月14日)
 http://www.janjannews.jp/archives/2305890.html
 ◎支援集会開かれる(10年2月6日)
 http://www.janjannews.jp/archives/2578965.html
 
〈関連サイト〉
 ◎土肥元校長の裁判を支援する会
 http://dohisaibansien.blogspot.com/
 ◎学校に言論の自由を求めて
 http://blog.goo.ne.jp/ganbaredohi
 
〈参考記事〉
 ◎足かけ6年~「浦安・女児わいせつ事件」控訴審~
 http://www.janjannews.jp/archives/2443723.html