浅田明

 「下手な小説より面白い。学位論文を元にした本が、こんなに面白くてよいのか」というのが読後の感想である。
 
 「はじめに」によれば著者はカフカ研究のためプラハに興味をもち、社会主義時代の1987年、既にプラハを訪れている。しかし研究を進めれるとカフカの同時代、多くのプラハ出身者がドイツ語で小説や詩を書いていることに気づく。幻想小説「ゴーレム」(今井孝訳が1973年、河出書房新社から出版されている)の作者として一部で知られているマイリングやカフカの遺稿を出版したブロートなどの同世代の人々だけでなく少し上にはリルケやウェルフェル、また事情は違うが、ナチスが政権をとった直後にはブレヒトやトーマス・マンの弟、ハインリッヒ・マン、「ウェルギウスの死」の作者、ヘルマン・ブロッホなどが一時プラハに亡命している。

 こうした人達の中にはドイツの文学者といって違和感の無い人もいるが、カフカのように、そういうと違和感がある人もいる。彼等をプラハのドイツ語文学者という観点から見て、プラハという都市と19世紀末から20世紀始め、という時代が、その文学とどう係わっていたのか?、という事を研究するのが、その後の著者の仕事で、その研究の成果は学位として認められた。そしてその学位論文を元にしたのが本書である。
 
 もともとが学位論文だから本書には著者の推測や想像による記述はない。引用されている記録等は総て出典が明示されている。それにもかかわらず本書は自分の文学を模索するカフカとその2人の友人ポラクとブロートを軸に19世紀末から20世紀始めのプラハの街と人をいきいきと画いていて、自らの道を模索するダンテを軸に13世紀末から14世紀始めのフィレンツェの街と人をいきいきと画いた「神曲・地獄編」を思わせさえもする。この面白さだけでも本書は読んで損は無い。
 
 もちろん、本書は面白いだけの本ではない。プラハは中世以来ボヘミアの中心都市として栄え宗教改革の先駆となったフスが出るなどヨーロッパ有数の文化都市だった。しかしその情況は1620年の白山(ビーラ・ホラ)の戦いでプラハの繁栄をささえたボヘミアのチェコ貴族が敗れた事で一変する。

 戦後ボヘミアを支配したハップスブルグ家とカトリックの苛酷な支配でボヘミアのチェコ貴族は一掃され、変わってプラハの支配層となったのはドイツ系の人達だった。なお、このドイツ人の中にはユダヤ系の人も多く、著者によればプラハではそれほどユダヤ人差別の問題は無かったようである。

 そしてプラハはドイツ系の官吏や年金生活者がすむオーストリアーハンガリー帝国の一地方都市になった。しかし19世紀になってチェコ人の民族意識がたかまり、プラハでも支配層-上流階級であるドイツ系の市民に対して下層のチェコ人の権利要求が激しくなった。またボヘミア地方の工業化が進み、多くのチェコ人労働者がプラハに流入した。これに伴ってプラハでは都市改造が進み、ユダヤ人居住区であるゲットーも快適な住宅地区に改造された(実際はこの時期ゲットーに住んでいたのはユダヤ人よりチェコ人労働者のほうが多かったそうである)。そして都市改造はあっても歓楽街や娼館などの悪所が生まれ、プラハはヨーロッパ最初の魔都と呼ばれた。
 
 この時期、プラハの人口は1880年の「26万3千人、うちドイツ系3万8千人」から1910年「44万2千人、うちドイツ系3万2千人」、と変化している。そして政治的経済的に力を失ったドイツ系の市民が優越した地位を保つ為に頼ったのがドイツ文化だった。これを主導したのはプラハ大学ドイツ文学教授のザウアーでポラクはその心酔者だった。其れに対しカフカはそうした行き方に批判的でブロートもそうだった。しかし、この時期カフカやブロートが確固とした自分の文学への方向性を持っていたわけではない。そして本書ではこうした情況のなかで自分の文学を模索するカフカの姿を提示する事によってカフカ的世界の土壌がプラハで育まれたことを読者に伝える。
 
 プラハは第1次大戦でチェコスロヴァキアが独立するまで、1地方都市でしかなかったし文化的にもヨーロッパの辺境だった。しかし、それゆえに、そこでの問題は特定の国家や地域に留まらない普遍性を持っている。現在でも都市への人口流入や其れに伴なう人種や出身地による人口構成の変化は深刻な問題だし、政治的・経済的優越をうしなった階層が文化に頼るという問題は今後の日本にとって他人事ではないだろう。その意味では本書は文学に興味がある読者だけでなく政治や経済に関心がある人にも薦められる。
 
 そのほかにも本書に書かれている事は多い。とくに後半、魔都プラハの姿を伝える「ゴーレム」とレッピンの「ゼヴェリーン闇を行く」(これは現在ドイツ語圏でも殆ど読まれない小説らしい)、そして交通の要衝であるとともに住民の移動願望が強かったプラハの姿を伝えるキッシュの「娘飼い」ブロートの「チェコ人の女中」(これらもあまり読まれていない小説で日本語訳は無いらしい)、そしてカフカの「失踪者」(ブロートが「アメリカ」として刊行した小説で昔の新潮社の全集では「アメリカ」になっている。池内紀の訳が白水社から出ている)が紹介されているのは著者独自の視点があり有益である。
 
 最後に蛇足:「娘飼い」の中に当時プラハからドイツに木材を運んだ筏(いかだ)が語られている。この航路は現在エルベ渓谷として世界遺産になっている絶景でプラハからドレスレデンへの汽車から眺められる。フランクフルトからケルンまでの汽車から見えるライン川以上の絶景なのでプラハを訪ねる機会があればドレスデンまでの(またはドレスデンからの)汽車の旅をお薦めする。